SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE – GOTY Edition|死んで覚える葦名の剣技、その先にある快感
初めてSEKIROを起動したとき、チュートリアルボスに30回以上殺された。
剣戟アクションゲームだから何となく動かせると思って、いつも通りにローリングで回避しようとしたら、全然かわせない。攻撃を受けるたびにゲージが削られ、あっさりやられる。「これ、自分に向いてないゲームかも」と本気で思いながらも、なぜかやめられなかった。
その理由は今になって分かる。SEKIROは「負けるたびに何かが分かる」ゲームだったんだ。あの敵の連続攻撃、実は全部弾けるんだ。「危」マークが出たら躊躇なく弾くんだ。あ、このボス、焦って攻撃するんじゃなくて相手のリズムに乗ればいいんだ。そういう「わかった」の積み重ねが、このゲームのコアにある。
フロム・ソフトウェアが2019年3月にリリースしたSEKIROは、Demon’s Soulsから続くソウルシリーズの流れを汲みながら、戦闘システムを根本から刷新した全く新しいアクションゲームだ。The Game Awards 2019でGame of the Yearを受賞し、それがタイトルに「GOTY Edition」として刻み込まれている。Steamでのレビュー数は20万件を超え、評価は「圧倒的に好評」。2025年時点でも新しいプレイヤーが絶えず参入し続けているロングセラーだ。
ただ正直に言うと、万人向けではない。かなり難しいし、プレイスタイルの自由度はダークソウルシリーズより低い。「詰まって放置」という人も多い。この記事では、SEKIROの面白さをちゃんと届けつつ、向き・不向きも含めて丁寧に書いていく。
「今更始めても遅い?」という疑問を持つ人もいるかもしれない。答えはノーだ。2025年時点でも新規プレイヤーのクリア報告は絶えないし、コミュニティは今も活発だ。攻略情報も豊富に揃っているので、詰まったときのサポートも充実している。SEKIROは「今始めてもちゃんと楽しめる」現役のゲームだ。この記事を読み終えたあとに、ちょっとやってみようという気持ちになってほしいと思いながら書いていく。
こんな人に読んでほしい
SEKIROが刺さるのは、こういうプレイヤーだと思う。
- アクションゲームは好きだけど最近「上達している感覚」がないと感じている人
- ダークソウルやBloodborneを遊んで「もっと格闘技っぽい剣戟がしたい」と思った人
- 難しいゲームを諦めずにクリアしたとき、強烈な達成感を味わいたい人
- 日本の戦国時代・忍者の世界観が好きな人
- ボスとの1対1の勝負を何度も繰り返して「自分が強くなった」を感じたい人
- ゲームのテクニックを突き詰めるのが好きな人
逆に、こういう人には正直向かないかもしれない。
- ゲームに息抜き・リラックスを求めている人
- ストーリーをサクサク楽しみたい人(難しくて先に進めないことが多い)
- キャラクタービルドや装備集めに楽しみを見出したい人
- 難しい場面で詰まったとき、気持ちが切れやすい人
SEKIROは「頑張れば誰でもクリアできる」ゲームではあるが、「諦めない覚悟」が必要なゲームでもある。チュートリアル段階で30分以上つまずく人は普通にいる。でもそこを越えたときの景色は、なかなか他のゲームでは味わえない。
「向いていないのかも」と思ったとき、すぐに諦めないでほしい。SEKIROは「向いているかどうか」より「慣れるかどうか」のゲームだ。最初の壁を越えた人のほとんどは「もっと早く始めればよかった」と言う。それが経験者から言えることだと思う。
SEKIROの世界観:戦国末期の葦名国
舞台は戦国末期、葦名国と呼ばれる山深い地方だ。プレイヤーが操作するのは「隻狼(せきろう)」という名の忍び。幼いころから仕えてきた主君・九郎を守るため、葦名の地で戦い続けることになる。
フロム・ソフトウェアのゲームらしく、物語は断片的に語られる。NPCとの会話、アイテムの説明文、環境のディテールの中に物語が埋め込まれている。「じっくり読んで理解する」タイプの物語で、流しているだけだと「何が起きているのか全然分からなかった」になりがちだ。
ただ、ストーリーの「骨格」は非常にシンプルで感情的だ。主人を守りたい、という忍びの一念。その純粋さが、難解な世界観の中心軸として機能している。クリア後に「なんで戦ってたのか分からなかった」ということにはならない。むしろ、エンディングを迎えたときに「ああ、そういうことか」という感情が来る。
葦名という地の造形も見事だ。岩山、城郭、水場、砦、廃墟、寺院。多くの場所を舞台にしながら、どこも「日本」として違和感なく機能している。特に葦名城の攻防は圧巻で、フィールドのスケール感とグラフィックの完成度は2019年リリースとは思えないほど高い。2025年時点でも古さをほぼ感じさせない。
BGMも秀逸だ。和楽器を主体にしながら、ボス戦では緊張感が最高潮に達する構成になっている。「一心」戦のBGMは、多くのプレイヤーが「一生忘れられない曲」として挙げる。個人的にも、あのBGMが始まった瞬間に全身に緊張が走ったのを覚えている。
葦名国の世界観は、「戦国時代の日本」を精密に再現しながらも、不老不死や竜胤という超自然的な要素が混在する独自の世界として機能している。歴史的な考証が丁寧で、甲冑、刀、城の構造など、日本の戦国時代を知っている人ほど細部に感心する作りになっている。
ゲームを進むにつれて訪れるエリアも多彩だ。葦名城の内部から外縁、水生村、源の宮、仙峯寺など、各エリアが固有の雰囲気を持っている。「次はどんな場所に行くんだろう」という期待を常に持たせてくれる作りで、探索の動機付けとして機能している。
葦名国の景色が本当に美しくて、ボスと戦う前にしばらく景色を眺めていたことが何度もあった。2019年のゲームとは思えない。
引用元:Steamレビュー
SEKIROのゲームシステム:従来のソウル系と何が違うか
SEKIROがダークソウルシリーズから大きく変えた点がいくつかある。ここを理解していないと、ソウル経験者ほど最初に苦労する。
弾きシステム:攻撃は受けるものではなく弾くもの
このゲームの中核は「弾き(パリィ)」だ。敵の攻撃が来るタイミングでガード(L1/RB)を入力すると、攻撃を弾いてのけ反らせられる。成功すると敵の「体幹ゲージ」が大幅に削られ、溜まりきると「体幹崩れ」状態になって忍殺(即死攻撃)を決められる。
ダークソウルの「ローリング回避主体」から、SEKIROでは「弾き主体」へとコンセプトが根本から変わっている。弾きを使わずに攻撃を回避・距離で対処しようとすると、相手の体幹が全然崩れないまま削られ続けることになる。「もっと攻め続けろ」「弾きで真正面から受け止めろ」というメッセージがゲームから送られ続けている感じだ。
この弾きの気持ちよさが、SEKIROの最大の魅力でもある。敵の連撃を全部弾き続けて体幹を崩した瞬間の「ガキン、ガキン、ガキン、バッ!」という感覚は、他のゲームでなかなか味わえるものじゃない。難しいボスを初めてノーダメージで弾き続けられたときの達成感は格別だ。
体力と体幹:2つの削り方
SEKIROの戦闘には「体力」と「体幹」という2つのゲージがある。
体力は通常の攻撃で削るゲージ。ゼロになると死ぬ。ただし、体幹だけで倒せるボスも多いので、体力を削ることにこだわりすぎる必要はない。
体幹は、ガードや弾き失敗時に増える「姿勢の崩れ度合い」を示すゲージ。ゲージが満タンになると体幹が崩れ、忍殺チャンスが生まれる。体幹ゲージは時間経過で自然に回復するが、「体力が少ないほど体幹回復が遅くなる」という設計になっている。つまり、まず体力をある程度削ってから体幹を崩しにいくのが効率的な立ち回りになる。
この「体力と体幹の両方を管理する戦闘」が、SEKIROの戦術的な深さを作り出している。敵も同様にこの2つのゲージを持っているので、どちらを主軸に崩しにいくかが判断のポイントになる。
危険攻撃の対処:「弾き」「ジャンプ」「見切り」
ボスや強敵は、特定の攻撃を繰り出すときに「危(き)」という赤いマークを出す。この攻撃は通常のガードが効かないので、種類に応じた対処が必要だ。
「突き」タイプの危険攻撃にはジャンプで回避しながら踏みつけ攻撃(空中から追加ダメージ)が入れられる。「下段攻撃」タイプにはジャンプで飛び越える。「掴み攻撃」タイプには横ステップで回避する。慣れてくると「危マークを見た瞬間に反射で対応できる」ようになるが、最初はこのマーク1つに何度も殺されることになる。
この「種類を見極めて対処する」システムが、敵との戦いに学習の楽しみをもたらしている。「なぜ死んだか」が分かりやすい設計になっているんだ。ソウルシリーズで「何をされて死んだか分からなかった」という経験がある人には、SEKIROのほうが実は丁寧に作られていると感じるかもしれない。
義手忍具:戦術の幅を広げる道具たち
隻狼は左腕に「義手忍具」と呼ばれる特殊な武器を装備できる。手裏剣、火吹き筒、爆発物、斧、傘など、さまざまな道具が存在し、ゲーム中で素材を集めてアップグレードしていく。
忍具の使い方が、ボス攻略の鍵になることも多い。炎に弱いボスには火吹き筒が有効だし、防御の硬い敵には爆裂斧で体幹を大きく削れる。使い所を見つけたときの「そういうことか!」感は格別だ。
ただし忍具には消耗品(霊気)が必要で、無制限には使えない。乱発すると肝心な場面で使えなくなるので、適切なリソース管理も求められる。
忍殺:爽快感の頂点
SEKIROの「忍殺」は他のアクションゲームのフィニッシュムーブとは別格の気持ちよさだ。体幹を崩した相手や、ゲージが尽きた相手に一撃を叩き込むモーションは、毎回見ても飽きない。
強ボスに何度も死なされて、ようやく体幹を崩して忍殺を決めた瞬間。あの感覚を一度味わうと、「次もこれが見たい」という気持ちでコントローラーを握り続けてしまう。SEKIROが「ハマる」ゲームである理由のかなりの部分を、この忍殺の快感が占めていると思う。
フィールドでの忍殺(ステルス忍殺)もある。草むらに隠れたり、屋根から降下したりして、気づかれずに敵に近づいて忍殺を決める。ボスの取り巻きを事前に処理したり、体力の高い雑魚を安全に倒したりするのに使える。「戦闘に入る前の準備」として、ステルス要素も一定の戦略的価値がある。
ただし、ボスにはステルス忍殺が限定的にしか通用しない。多段構成のボスで「1フェーズ目を忍殺で飛ばせる」というケースはあるが、基本的にはちゃんと戦う必要がある。「全部ステルスで楽に倒せる」ゲームではない点は理解しておいていい。
死にがいシステム:「死んでもいい」仕組み
SEKIROにはダークソウルシリーズのような「ソウル(経験値)のロスト」がない。代わりに「死にがい」というシステムがある。
死亡すると所持金と「経験値」の半分が失われる(厄憑きの状態になると周囲NPCに厄が広がるリスクもある)。ただしすぐに「死にがい」を取り戻すチャンスがある。死亡地点に近い場所で戦闘中の敵に忍殺を決めると、失った経験値が回収できる仕組みだ。
この設計が「積極的に前へ出る」プレイスタイルを促している。「失敗しても取り返せる」という感覚が、臆病な立ち回りへの誘惑を減らしている。戦闘が守りに入ったとたんにつまらなくなる、というフィードバックを上手くゲームシステムに落とし込んでいると思う。
「死んでもペナルティが大きすぎない」というのはダークソウルとの大きな違いだ。ソウルシリーズでは死ぬと経験値が全ロストするプレッシャーがあったが、SEKIROでは「また死んでも取り返せる」という気持ちで挑戦できる。この差が、ボスへの繰り返し挑戦をより前向きに捉えられる要因の一つになっている。ダークソウルで「経験値ロストが怖くてボスに挑めない」と感じたことがある人は、SEKIROのシステムのほうが合っているかもしれない。
SEKIROの難易度:なぜこんなに難しいのか
SEKIROが難しいと言われる理由は複数ある。ただ「難しい」という事実だけを語るより、「どういう難しさか」を理解しておいたほうがいいと思うので、構造を整理してみる。
Steamの「圧倒的に好評」という評価は、この難しさを乗り越えた人たちが書いているレビューで構成されている。当然、途中で諦めた人はレビューを書かない。これは重要なバイアスで、SEKIROの評価を高く見せている側面がある。「実際にトライした人」と「最後までクリアした人」では、評価が大きく変わるゲームだ。
それでも20万件以上の「圧倒的に好評」は、このゲームの品質と魅力が本物であることを証明している。難しいゲームは数多くあるが、「難しくて当然」と感じさせながら熱狂的なファンを生み出すゲームは少ない。SEKIROはその両立を達成している。
パリィの精度要求が高い
弾きの受付時間は短い。「だいたいこのあたり」という感覚では安定しない。敵ごとに攻撃モーションの速さが違い、同じタイミング感覚で対処できないボスも多い。これを体に染み込ませるには、実際に何度も死んで覚えるしかない。
Steamレビューで「ゲームが教えてくれないことが多い」という声が目立つが、実際SEKIROはアクションゲームとして求める操作精度に対して、チュートリアルの説明量が少ない。「実際にやって覚えろ」というスタンスで設計されている。
弾きのタイミングは敵の種類によって大きく異なる。人間サイズの敵は比較的タイミングが一定で、慣れると弾き続けられるようになる。しかし動物系の敵、特に大型の生き物や特殊な攻撃パターンを持つボスは、通常の弾き感覚が通用しないことがある。「弾ける敵」と「弾きにくい敵」の判断も、経験の積み重ねで分かってくる部分だ。
連続攻撃の全弾を弾き続けることができたとき、コントローラーを持つ指先の感覚がとても気持ちよくなる。「音楽に合わせてリズムゲームを遊んでいる感覚に近い」という表現をするプレイヤーがいるが、確かにそれは分かる気がする。弾きの連打が決まったとき、あれは独特のリズム感がある。
攻略の自由度が低い
ダークソウルシリーズでは、自分のビルドに合わせた戦い方ができた。脳筋でゴリ押すことも、魔法で遠距離から削ることも、盾でべったり守ることもできた。SEKIROにはそれがない。
主人公の攻撃手段は基本的に「刀での近接攻撃」と「義手忍具」のみ。魔法もない、重武器もない、遠距離主体の戦い方もできない。「ゲームスタイルを変えて対処する」という逃げ道が少なく、ボスの攻撃を正面から弾き返すことが求められる場面が多い。
これが「自由度がなくて苦手」というプレイヤーと「強制的に適切な動きを覚えさせてくれるから好き」というプレイヤーに真っ二つに評価が分かれる部分だ。
ボスの強さのムラ
正直に言うと、SEKIROのボスの強さは均一ではない。一般的に「難所」と言われるボスがいくつかあり、そこで多くのプレイヤーが挫折する。
「葦名弦一郎」「獅子猿」「破戒僧」「蠢くもの」「孤影衆 忌み首」などが有名な壁ボスだ。特に蠢くもの(水生村のボス)は、ゲーム全体でも1・2を争う難所として知られている。
ここで心が折れるプレイヤーは多い。Steamレビューにも「蠢くもので詰んだ」「孤影衆の忌み首が無理すぎて積んだ」という声が多数ある。これは否定できないゲームの設計上の課題だと思う。
ただ一方で、「あのボスを倒したときに生まれて初めてゲームで泣いた」「100時間かけてクリアした瞬間、涙が出た」という声も同じくらいある。難しいから意味がある。乗り越えたから感動がある。SEKIROはそういうゲームだ。
正直、葦名弦一郎で30回くらい死んで本棚にコントローラー投げたけど、倒した瞬間に「俺、強くなった」って本気で思った。あの感覚はSEKIROでしか味わえない。
引用元:Steamレビュー
難易度設定はない
SEKIROには難易度選択がない。「イージー」「ノーマル」「ハード」という選択肢が存在しない。全員が同じゲームを遊ぶ。
これに対して批判的な声もあるし、「それがSEKIROの良さだ」という声もある。アクセシビリティの観点から「難易度追加すべき」という議論はリリース時から続いており、フロム・ソフトウェアはそれに応えることなく現在に至っている。
「全員に同じ体験を提供する」という設計思想が、SEKIROのコミュニティに「あそこ難しかったよな」「あのボスで何時間使った」という共通の語りを生み出しているのは確かだ。難易度オプションがないからこそ、プレイヤー同士の会話に共感が生まれる。
ボスたちの魅力:SEKIROで最も語られる存在
SEKIROのボスたちは、単なる「倒すべき障害物」ではない。それぞれが個性的なキャラクターとして機能しており、物語の中でも重要な役割を担っている。ここでは、特に印象的なボスを振り返る。
ボスを倒すたびに「よし、次へ」ではなく「このボスのことをもっと理解したい」という気持ちになるのが、SEKIROのボス設計の巧みさだ。強さの裏側にある物語、彼らがなぜここにいるのか、という背景が戦いを単なる試練以上のものにしている。
葦名弦一郎:初めての本物の壁
序盤の中ボス的な立ち位置だが、多くのプレイヤーにとって「最初の大きな壁」になるのが葦名弦一郎だ。弾きシステムを本当に理解しているかが試される存在で、「近接攻撃を正面から全部弾き返す」という姿勢を身に着けていないと、いくらやっても勝てない。
逆に弦一郎を倒せた瞬間、「SEKIROの戦い方を理解した」という確信が来る。そこからゲームの難しさに対する感じ方が変わる。強い敵に当たったとき「理解できるはず」という信頼が生まれる。
孤影衆 忌み首:複数体同時戦闘の恐怖
1体ずつ戦えば問題ない相手が、2体同時に現れる。SEKIROの中でも「理不尽」という声が特に多いボスだが、同時に「攻略法を見つけたときのすっきり感が最高」という声も多い。
実は明確な攻略順があり、先に気づかせてくれる人がいるかどうかで難易度が段違いに変わる。知人から攻略法を聞いて初戦突破したとき、「一人でやってたら永遠に無理だった」と思った。
破戒僧:幻術の戦闘
2フェーズ構成のボスで、幻影との戦いも含めた特殊な演出が印象的だ。攻撃パターンが独特で、弾きのタイミングを掴むのに時間がかかる。初見は「なぜ弾けないのか全然分からない」という状態になりやすい。
倒したあとの達成感とBGMの余韻は、SEKIROの中でも特に印象に残っている場面の一つだ。
獅子猿:「この戦い方であってる?」という困惑
対人間ではなく対動物のボスで、SEKIROの文脈で積み上げてきた「弾きで対処する」感覚が通用しない場面がある。戸惑いが大きく、対処法を模索する時間が長くなりがちだ。
2戦目の演出は衝撃的で、良い意味で「えっ、そういう戦いになるの?」という驚きがある。SEKIROの中でも特に「忘れられないボス」として語られる存在だ。
剣聖 葦名一心:全てを試される最終決戦
ルートによって異なるが、通常ルートのラスボスは「剣聖 葦名一心」だ。このボス戦は、SEKIROで最も語られる戦いといっていい。
3フェーズ構成で、フェーズごとに攻撃スタイルが大きく変化する。刀での近接戦、槍での遠距離攻撃、そして最終フェーズの雷剣。それまでゲームで培ってきた全ての技術を要求してくる。
このボスのBGM「人返りの音楽」は、数多くのゲームBGMの中でも特別な位置を占めている。フェーズが変わるたびに音楽が変化し、最終フェーズで雷剣が降り注ぐ場面の演出は、ゲームとして最高峰の体験の一つだと思う。
一心は単純に「強い敵」ではなく、「葦名国の創設者であり、老齢になっても最強の剣客」という確固たる存在感を持っている。戦いながら「この人に勝てるわけがない」という感覚と「絶対に倒す」という気持ちが同時に沸き上がってくる。フロム・ソフトウェアが長年かけて磨き上げてきたボスデザインの集大成がここにあると思う。
一心と戦っているとき、「このゲームを作ってくれてありがとう」って思いながら死んでた。こんなに怒りと感謝が同時に来たことない。
引用元:Steamレビュー
フィールド探索の楽しみ:縦方向の世界
SEKIROのフィールド設計はダークソウルシリーズから大きな進化を遂げている。その最大の変化が「鉤縄(かぎなわ)」による立体的な移動だ。
鉤縄と縦方向の探索
隻狼は左腕の義手に内蔵した鉤縄を使い、高所に引っかけてスイングしながら移動できる。これにより、ダークソウルシリーズでは地面を這うように進むしかなかった移動が、木の上、屋根の上、岸壁を大きく使った立体的な行動範囲になった。
敵の頭上から降下して忍殺したり、崖上から戦況を観察してタイミングを測ったりする、忍びらしい立ち回りができる。探索中に「こんな高いところまで行けるの?」という発見が頻繁にあり、フィールドの隅々を探索する楽しさが生まれている。
鉤縄による移動は単純に楽しい。木から木へとスイングしながら城を駆け回る感覚は、アクションゲームとして純粋に気持ちいい。戦闘中に鉤縄で上空に飛び上がり、踏みつけからの忍殺に繋げる動きが決まったとき、「俺は今、忍びを操作している」という実感が来る。
フィールドの広さという点では、ダークソウルシリーズと比較してそれほど広大ではない。ただし縦方向の密度が高く、「同じ場所でも違うルートで歩くと全然違う景色になる」という体験ができる。葦名城の外壁を鉤縄で登りながら進んでいくシーンは、SEKIROの探索体験として最も印象的な場面の一つだ。
フィールドの密度と隠し要素
葦名の各エリアは、一見すると行き止まりに見えても、鉤縄や特定のルートを駆使することで隠しエリアや隠しアイテムが見つかる構造になっている。
「ここ、こんな先まで進めるんだ」「こんな場所に仏師がいるのか」という発見が、マップ探索に何度も驚きを与えてくれる。フロム・ソフトウェア特有の「場所が語る物語」の設計は、SEKIROでも健在だ。
スキルや義手忍具のアップグレードに必要な素材も各所に隠されており、探索とプレイヤー強化が直結している。ただ戦闘をこなすだけでなく、丁寧にフィールドを歩くことへのインセンティブが設計されている。
「数珠玉」は上位の敵やボスを倒したときに入手できるアイテムで、4つ集めると最大体力と体幹が上がる。強敵を倒すことへのリワードとして機能しており、「あの敵を倒せばまた強くなれる」という目標感を常に作り出している。
「傷薬瓢箪の種」というアイテムも重要で、各地に隠されている。これを集めることで傷薬の使用可能回数が増え、戦闘の粘り強さが上がる。探索をちゃんとやった人とやっていない人で、使える傷薬の数が変わってくる。「もっとフィールドを丁寧に歩くべきだった」と後になって気づくプレイヤーは多い。
会話と「傾聴」:NPCが持つ情報
各エリアには固有のNPCが存在し、会話を通じてストーリーの断片が語られる。「傾聴」という特定の状況でNPCに近づき会話を盗み聞きするアクションも存在し、通常の会話とは異なる情報が得られることもある。
NPCたちは敵であったり、協力者であったり、状況によって立場が変わる人物もいる。ストーリーを深く理解しようとすると、NPCとのやり取りを丁寧に拾っていく必要がある。
「枯れ葉の姥」「変若水の翁」「仏師」「蛇の目 梅ばあ」など、印象的なNPCが多い。特に仏師との関係は、物語の重要な軸の一つになっている。
アイテムの説明文も重要な情報源だ。武器、素材、消耗品、それぞれの説明文に葦名の歴史や、登場人物の過去が断片的に埋め込まれている。「変若水」や「竜胤」に関する記述は、ストーリーの核心に関わる情報を持っている。説明文を全部読んでいる人と読んでいない人では、エンディングを迎えたときの理解度がかなり変わってくる。
ゲーム内にある「鬼仏」と呼ばれる休憩ポイントも、単なる中間地点ではない。それぞれに名前が付いており、位置する場所の意味や背景を示している。「どこを旅してきたか」を名前で振り返れる設計になっていて、フィールドへの愛着を育てる仕掛けになっている。
なぜSEKIROはこんなに長く遊ばれているのか
2019年リリースから6年以上経過した2025年時点でも、SEKIROは新規プレイヤーが絶えず参入し続けている。その理由を考えてみる。
「弾き」という独自体験の不変性
SEKIROの弾きシステムは、類似する体験を提供するゲームが他にほとんどない。「敵の攻撃リズムに乗りながら連打を全部弾き返す」という感覚は、このゲームでしか味わえない。
「剣戟の気持ちよさ」という点で後継タイトルが現れないため、「あの感覚をまた味わいたい」というプレイヤーが2周目・3周目に戻ってくる。Steamのプレイ時間を見ると、200時間以上のプレイヤーが珍しくない。
SEKIROリリースから数年経っても、「今更始めたけど最高」という投稿がSNSや掲示板に定期的に上がり続けている。2024年〜2025年も新規プレイヤーのクリア報告が途絶えることなく流れてきている。これだけ時間が経っても「今始めても遅くない」という空気があるのは、このゲームが持つ普遍的な面白さの証拠だと思う。
複数のエンディングと周回要素
SEKIROには複数のエンディングが存在する。プレイ中の選択とルートによって結末が変わり、全てのエンディングを見るには複数回のクリアが必要だ。
ニューゲームプラス(強くてニューゲーム)では、2周目以降は敵がさらに強化される。完全な上位互換ではなく、明確に「新たな難しさ」が加わる設計になっている。周回を重ねるほど「自分がどれだけ上手くなったか」を実感できる仕組みだ。
周回プレイを重ねると、1周目では難しくて苦労したボスが「そこまで怖くない」と感じるようになってくる。これがSEKIROの周回の醍醐味で、「成長している自分」を具体的に数字ではなく操作の精度として実感できる体験だ。
全エンディングを回収したあとも、「最速でクリアする」「特定のボスをノーダメージで倒す」「義手を使わずにクリアする」といった縛りプレイに移行するプレイヤーも多い。ゲームが提示する難しさをクリアした後は、自分で難しさを設定して遊べる奥深さがある。
コミュニティの盛り上がり
SEKIROにはリリース当初から強烈なコミュニティがある。「〇〇ボスを倒した」「〇〇時間でついにクリアした」という体験の共有が活発で、今も新規クリア報告は毎日上がっている。
難しいゲームだからこそ、クリアを報告すると共感の声が集まりやすい。「そのボスで何時間使った?」という会話が始まり、コミュニティへの帰属感が生まれる。特に「弦一郎を倒せた」「一心に勝てた」という投稿には、経験者からの共感リプライが集まる。「あれは俺も50回は死んだ」という返信が来たとき、不思議な仲間意識を感じる。
スピードランの文化も活発だ。SEKIROはスピードランコミュニティでも人気が高く、世界記録更新の動画が定期的に話題になる。通常プレイとは全く異なる角度からゲームを楽しむ文化が根付いている。特に鉤縄を使ったルート外の移動を駆使するスピードランは、「そんな動きができるのか」という驚きを与えてくれる。
「一心BGM」は単独で話題になることも多い。「人生で一番聴いたゲームBGM」としてSEKIROの楽曲を挙げるプレイヤーがいるほど、音楽のコミュニティ内での存在感は大きい。
mod文化と新たな遊び方
PC版ではModが盛んに開発されており、様々な追加要素が有志によって作られている。難易度調整Mod、見た目変更Mod、新ボスを追加するようなMod(非公式)など、バリエーションは豊富だ。
公式のDLCやアップデートがない中で、PC版はModによって遊び続ける理由が更新され続けている。これがSteamでの長期的なプレイヤー維持につながっている面もある。
「Sekiro Resurrection」など有名Modではゲームシステムを大きく変えるものも存在し、クリア済みプレイヤーが再び新鮮な体験を求めてModを試すケースも多い。Modの多様さはPC版の大きなアドバンテージで、コンソール版では得られないオプションが存在する。
日本語以外のプレイヤーにとってもSEKIROは根強い人気があり、海外のゲームコミュニティでも「必須プレイ」として語られ続けている。フロム・ソフトウェアのゲームが海外で高く評価される流れの中で、「日本の忍び」というコンセプトを持つSEKIROは特別な位置を占めている。
ゲームの課題:正直に書く部分
SEKIROを手放しで絶賛する気はない。実際に気になった点も正直に書いておく。
「壁ボス」の理不尽感
先述した通り、ボスの難易度には大きなムラがある。ゲーム全体を通じて「流れるようにクリアできた」という感想を持つプレイヤーは少数派だ。特定のボスで詰まり、そこで積んでしまうプレイヤーは一定数いる。
その壁ボスの攻略法が「何回死んでも分からない」場合、攻略サイトや動画を参照するしかない。それ自体はゲームの外側のサポートに頼ることになるが、SEKIROにおいてはむしろ「攻略情報を見ることも体験の一部」という受け取り方をするプレイヤーが多い印象だ。
ビルド自由度の低さ
これはSEKIROの設計思想による意図的な制限だが、「自分なりのビルドで戦いたい」という人には物足りない部分になる。スキルポイントで技を習得できるが、基本的なゲームプレイスタイルを変えるほどの影響力はない。
ダークソウルシリーズから入ったプレイヤーが最初に「あれ、自分の戦い方が通用しない」と感じる理由がここにある。SEKIROは「自分のスタイルで戦う」ではなく「このゲームの戦い方を覚える」というアプローチが求められる。
スキルシステムは存在しており、経験値を積むことで「武技」と呼ばれる特殊な攻撃や能力を習得できる。「流し斬り」「扇斬り」「居合の盾崩し」など、戦闘の幅を広げる技が揃っている。ただしこれらはあくまで「弾き主体の基本戦闘の補助」であり、スキルで全く違う戦法に切り替えられるわけではない。
この点でキャラクタービルドの面白さや装備集めにゲームの楽しみを見出す人には、GUILTY GEAR STRIVEのような格闘ゲームや、戦略的な自由度が高いゲームを選んだほうが満足度が高いかもしれない。

厄憑きシステムの説明不足
死亡を繰り返すと「厄憑き」という状態になり、周囲のNPCが病気で死亡したり敵対したりするリスクが生じる。このシステムは最初の説明が不十分で、突然NPCが死んでいて「なぜ?」となるプレイヤーが多い。
厄憑きの解除方法や予防方法も、ゲーム内説明だけでは分かりにくい。「大切なNPCをいつの間にか死なせてしまった」という経験は、初見プレイでは珍しくない。
気づいたら大手毬が死んでた。なんで死んだか全然わからなかったんだけど、後から厄憑きが原因だったと分かって愕然とした。知らなかっただけで、もしかしたら防げたかもしれない。
引用元:Steamレビュー
ストーリー理解のとっつきにくさ
日本語でのテキスト量は豊富だが、一部のNPCセリフや環境の語り口が分かりにくく、「結局このキャラクターは何者だったのか」という疑問を抱えたままクリアすることも多い。
これはある程度意図的な設計かもしれないが、ストーリーへの理解を深めたいプレイヤーにとっては、攻略サイトのストーリー解説を参照することが事実上必要になる場面が多い。
「なぜ葦名と内府が対立しているのか」「変若水とは何で、なぜそれが問題になるのか」「隻狼はなぜ左腕を失ったのか」など、物語の骨格に関わる情報がゲーム本編の流れの中で説明されるが、プレイ中は戦闘に集中していてテキストを読み飛ばしがちだ。2周目を遊んで初めて「そういうことだったのか」と気づく部分も多い。それがSEKIROのストーリーの奥深さでもあるが、最初の周回では置いてけぼり感が出ることもある。
SEKIROと他ゲームの比較
SEKIROはアクションゲームのジャンルの中で、独特の立ち位置を占めている。他のゲームと比較しながら、どういう人に向いているかを整理してみる。
ダークソウルシリーズとの違い
同じフロム・ソフトウェア製で、難しいアクションゲームというイメージが共通しているが、ゲームとして求めるものが大きく違う。
ダークソウルシリーズはビルドの自由度が高く、自分のプレイスタイルに合わせた攻略ができる。魔法特化、重戦士、素早いアジャイルビルドなど、選択肢が豊富だ。SEKIROにはそれがない。代わりに、戦闘の精度と熟練度で勝負する。
「自由にキャラクターを育てたい」→ダークソウル系。「純粋な剣戟の上達を楽しみたい」→SEKIRO。この違いを理解してから選ぶと、失望が少ない。
マルチプレイの観点でも大きく異なる。ダークソウルシリーズには協力プレイや対人戦が存在するが、SEKIROにはオンライン要素が一切ない。完全にソロゲームだ。「仲間と一緒に難所を乗り越える」体験はSEKIROでは得られない。その代わり、「自分の力だけで乗り越えた」という感覚は純粋に自分のものになる。
Bloodborneとの比較
Bloodborneも「回避を多用する積極的な戦闘」を求めるゲームで、SEKIROと近い方向性を持つ。ただしBloodborneは「ガン攻め」「回避」が主体で、SEKIROの弾きシステムとはアプローチが異なる。
両者を経験したプレイヤーは多く、「Bloodborne好きならSEKIROも好きになれる可能性は高い」という評価をよく見る。ゴシックホラーと和風忍びという世界観の違いも含めて、両タイトルを体験することでフロム・ソフトウェアのアクションゲーム設計の幅が分かる。
エルデンリングとの比較
SEKIROより後にリリースされたエルデンリングはGOTY2022を受賞した作品で、オープンワールド形式を採用している。ビルド自由度はダークソウルに近く、戦闘スタイルの選択肢も豊富だ。
難易度感についてはエルデンリングのほうが柔軟で、強いボスを後回しにして別ルートで強化してから挑めるシステムになっている。「詰まったら違う方向に進める」という逃げ道がある。
SEKIROはそういう迂回路が少ない分、「正面突破」の達成感が純粋に強い。どちらが好きかはプレイスタイルによる。ただ「フロム・ソフトウェアのゲームを初めて遊ぶ」という人には、エルデンリングのほうが入口として向いているかもしれない。
「エルデンリングをクリアしてSEKIROを始めた」というパターンのプレイヤーも多い。エルデンリング経験者がSEKIROを始めると、操作感の違いに最初は戸惑うが、弾きシステムの面白さにハマる人も多い。フロム・ソフトウェア作品の「はしご」をどの順番で登るかは、プレイヤーそれぞれが試行錯誤しながら選んでいる。
他ジャンルのゲームとの比較
デッキ構築やローグライクが好きなプレイヤーには、Slay the Spireのような戦略性の高いゲームも良い選択肢になる。SEKIROとは全く異なるアプローチで「上達している感覚」を味わえるゲームだ。「試行錯誤して最適解を見つける」という体験の根本は共通している。

ホラーサバイバル要素が好きな人には、Sons of the Forestのような探索系タイトルも合わせて楽しめる。緊張感と世界の謎を解き明かす楽しさという点で通じる部分がある。SEKIROが「一対一の戦闘を磨く」ゲームであるのに対して、Sons of the Forestは「生存戦略を組み立てる」ゲームとして、プレイヤーに異なる種類の集中力を要求する。

SEKIROのストーリー:何を描いているゲームか
ここからはネタバレを含む部分も出てくるが、購入前の判断に必要な範囲で書く。
SEKIROはアクションゲームとして語られることが多いが、ストーリーの完成度もフロム・ソフトウェアの作品の中で高い評価を受けている。「謎めいた語り口」はそのままに、「主人公の目的と感情」は明確で、ゲームを通じて「何のために戦っているか」が常に分かる構造になっている。これはダークソウルシリーズと異なる点で、より感情移入しやすい物語設計といえる。
「不死」と「人の子」というテーマ
SEKIROのストーリーを貫くテーマは「不死」だ。主君の九郎は「不死断ちの血」という特殊な力を持ち、隻狼自身も復活する力「回生」を持っている。このゲームでは死んでも蘇れる、という設定がゲームメカニクスとストーリーの両方に組み込まれている。
「人は死ぬべきか、不死で生き続けるべきか」という問いが、ゲームを通じて複数の角度から描かれる。変若水(おちみず)という霊薬を巡る争いも、この問いの延長線上にある。
複数のエンディングと意味
エンディングは主に4種類存在し、それぞれが「不死」というテーマへの異なる回答を示している。
「帰郷(きごう)」「忍び落とし」「竜の帰郷」「鬼仏なき道」(ルートによって異なる)など、各エンディングへの到達には異なる条件が必要で、特定のNPCとの会話内容や、アイテムの使用タイミングが関係する。
全エンディングを見たとき、「このゲームが本当に言いたかったこと」がより深く理解できる構造になっている。1周クリアしただけでは見えなかったものが、周回を重ねることで見えてくる。
隻狼と九郎の関係
忍びである隻狼と主君の九郎の関係は、このゲームの感情的な核だ。幼いころから主従として共に育ち、戦場で離れ離れになりながらも再会する。隻狼が全力を尽くして戦い続ける動機の根本がここにある。
九郎のキャラクターは序盤こそ無力な存在として描かれるが、物語が進むにつれてその立場の重さが明らかになっていく。クリア後に序盤のシーンを振り返ると、最初に感じていたのと全く違う感情を覚えるようになっている。これがフロム・ソフトウェアの物語設計の巧みさだと思う。
SEKIROの技術的な品質:PC版の動作
PC(Steam)版のSEKIROは、技術的な品質が高い。2019年リリース時からフレームレートの安定性が高く、最適化が丁寧に行われている。
推奨スペックは当時のミドルレンジ程度で、2025年時点では多くのPCで問題なく動作する。フレームレートは公式にはキャップがあったが、フレームアンロックのツールを使用することで高フレームレートで動作させているプレイヤーも多い(非公式対応)。
コントローラーは公式サポートされており、キーボード・マウス操作も可能だが、アクションゲームの性質上コントローラーを強く推奨する。特に弾きの入力タイミングはコントローラーのほうが体感しやすい。
ゲームのクラッシュや大きなバグについては、リリース後のパッチで多くが修正されており、2025年時点では安定して動作する環境が整っている。
画質設定は幅広く調整できる。グラフィックの品質を下げることで、低スペックのPCでも動作が改善される。「とりあえず動かして遊びたい」という人でも、設定を調整することで多くのPCで起動できる。
セーブデータについては、複数のスロットを持っており、異なるルートのエンディングを目指すプレイをセーブスロットを分けて進めることができる。周回プレイや異なるエンディングを試す上で、この仕様は助かる。
SEKIROを始める前に知っておくべきこと
これからSEKIROを始めようとしている人に向けて、経験者として伝えておきたいことをまとめる。
最初の3〜4時間が一番つらい
SEKIROは最初の3〜4時間が最も辛い。弾きシステムに慣れるまでは、ほぼ確実に「難しすぎる」「自分には向いていないかも」という感覚が来る。
ここを乗り越えると、急激に楽しくなる。チュートリアルボスや序盤の強敵で詰まっても、諦めずにそこを越えることを目標にしてほしい。「5時間以内に楽しくならなかったら返金を考える」くらいの気持ちで始めると、かえってプレッシャーが軽くなるかもしれない。
Steamの返金ポリシーは「2時間以内のプレイ時間で14日以内に購入した場合」が原則だ。SEKIROはその2時間の中でまだシステムに慣れている段階にあることが多い。購入前に「始めやすい状態で試してみたい」と感じる人は、フレンドから借りる方法や、セール時に価格が下がったタイミングで購入するという選択肢もある。
「弾き」を最初から意識する
ダークソウル経験者に特に伝えたいのが、「ローリングで回避しようとしない」ということだ。SEKIROにも緊急回避はあるが、主力の対処法ではない。
最初から「攻撃が来たら弾く」という意識で動くと、慣れる速度が全然変わる。むしろダークソウル未経験のほうが素直に弾きを習得できることも多い。
NPCに何度も話しかける
ゲームを進めてから再度話しかけると、会話内容が変わるNPCが多い。ストーリーの重要情報がNPCとの会話に散りばめられているので、エリアクリア後は各NPCに話しかけ直す習慣をつけておくといい。
特に仏師、形代屋の老婆、そして蛇の目梅ばあとは、適切なタイミングで会話することで追加情報が得られる。焦って先に進みすぎると、見逃してしまうことがある。
攻略情報の使い方
SEKIROは攻略情報を「使わない」姿勢よりも、「適切に使う」姿勢のほうが楽しめると思う。特定のボスでどうしても超えられないとき、攻略動画で1回戦い方を確認することは「チート」ではない。
ただ、動画を見るタイミングは「自分なりにある程度試してから」のほうがいい。すぐに答えを見てしまうと、「自分で見つけた」達成感を得られなくなる。「10〜20回死んで、まだ突破口が見えなかったら調べる」くらいが個人的にはちょうどいいと感じた。
厄憑きに注意する
先述した通り、死にすぎるとNPCに害が及ぶ「厄憑き」状態になる。特に序盤は無限に死ぬことが多いので、「傷薬瓢箪」や「数珠玉」を使って厄を解除する方法を序盤に把握しておくことを強く勧める。
NPCが理由もなく死んでいた場合、厄憑きが原因の可能性がある。大切なNPCを失わないためにも、厄憑きの仕組みを早めに理解しておこう。
GOTY Editionについて
Steam版で販売されているのは「GOTY Edition」と通常版の2種類だが、内容は基本的に同じで、GOTY Editionは2019年のGame of the Year受賞タイトルの称号が付いたものと考えていい(追加DLCや特別コンテンツが付属するものではなく、タイトルの認定を示すもの)。
Steamのセール時には大幅値引きされることが多く、定価よりかなり安く購入できる機会がある。Steamのウィッシュリストに登録しておくと、セール時に通知が届く。
2025年時点での評価は変わらず「圧倒的に好評」。レビュー数は20万件を超えており、「難しい」という声と同じくらい「最高のゲーム体験だった」という声が並んでいる。6年経ったゲームとしては異例の熱量だ。
The Game Awards 2019でのGOTY受賞は、同年に「デス・ストランディング」「コントロール」「ファイアーエムブレム 風花雪月」などの強力なタイトルを抑えてのものだった。「難しすぎる」という批判も受けながら、ゲーム品質の高さでGOTYを勝ち取ったことは、このゲームの完成度を示す証明でもある。
「今更買っても遅くないか?」という疑問を持つ人に言うと、むしろ今のほうが環境が整っている。攻略情報が豊富にあるので詰まったときのサポートが充実しているし、Mod環境も整っている。「今から始める」デメリットはほとんどない。
SEKIROが好きな人に刺さりそうなゲーム
SEKIROの「上達している感覚」「集中して取り組む楽しさ」を別のゲームでも味わいたい人に向けて、似た満足感を提供してくれるタイトルを自然な流れで紹介する。
戦略とデッキ構築で「少しずつ上手くなる感覚」を楽しみたい人には、ローグライクデッキ構築のAcross the Obeliskが合う。1プレイの密度が高く、何度もやり直したくなる中毒性がある。

一方、「世界終末的な状況でサバイバルしながら探索する」という体験を求めているなら、Sons of the Forestは独自の緊張感を提供してくれる。SEKIROとは全然違うジャンルだが、「世界の謎と向き合いながら進む」という体験の質は通じるものがある。
Hero Siegeのようなアクションローグライクも、SEKIROとは別ベクトルながら「繰り返して上達する」系の楽しさを持つタイトルだ。

Bloons TD 6は一見全然違うジャンルだが、「じっくり戦略を立てて難しいステージを攻略する」という部分でSEKIROプレイヤーと相性がいい。積み重ねた知識で難所を突破したときの達成感は、ジャンルを超えて通じるものがある。

ストーリー体験をメインに楽しみたい場合、Doki Doki Literature Clubは「ゲームの外側まで攻めてくる」体験として、異なる意味での「衝撃」を与えてくれる。SEKIROでゲーム体験の深さを感じた人に一度は触れてほしいタイトルだ。

戦略的な思考を突き詰めたい人にはCivilization Vも候補に挙がる。ターン制ではあるが、深い戦略性と「もう一ターンだけ」の中毒性はSEKIROに通じる部分がある。

まとめ:SEKIROとはどんなゲームか
SEKIROは「死ぬことで上手くなるゲーム」だ。
これは比喩ではなく、文字通りそういう設計になっている。死ぬたびに敵の攻撃パターンが分かり、自分の動きのどこが間違っていたか分かり、次はどうすれば良いか分かる。その繰り返しの中で、気がつくと「あのボスが全然怖くなくなっていた」という体験をする。
「難しい」という評判は本当だ。詰まるポイントも多い。ビルドの自由度は低く、決まった正しい戦い方を身に着けることが求められる。万人向けとは言えない。
でも、それを乗り越えたときに得られるものは、他のゲームでなかなか替えられないものだ。難しいボスを初めて弾きで返し続けられたあの瞬間。体幹を崩して忍殺を決めた瞬間。そして最終ボスを倒したあとの、あの静けさ。
アクションゲームの「上達」という体験を突き詰めたとき、SEKIROは一つの答えを示している。「上手い下手ではなく、学んだか学ばなかったか」という体験。弾きができなかった自分が弾けるようになった瞬間の感覚は、ゲームというメディアが届けられる体験の中でも特別なものだと思う。
2019年にリリースされ、6年以上経った今も「生涯で一番好きなゲーム」として名前を挙げるプレイヤーが世界中にいる。それがこのゲームの答えだと思う。
「アクションゲームが好きで、上を目指したい」「難しくても諦めない覚悟がある」という人には、間違いなく試してほしい一作だ。始めた日に何度死んでも、できれば諦めないでほしい。その先に、このゲームの本当の姿がある。
このゲームをクリアしたとき、「ゲームプレイとして何か大切なことを学んだ」という感覚が残ることがある。「諦めなければ、いつか必ず突破口は見つかる」という体験の積み重ねが、プレイヤーに何かを残す。それがSEKIROが単なる「難しいゲーム」ではなく「人々の記憶に残るゲーム」になっている理由だと思う。
難しいゲームが好きな人、アクションゲームとして本物の成長を感じたい人、日本の忍びの世界観に浸りたい人。そういう人たちに、SEKIROは今も最良の選択肢の一つとして存在し続けている。
始めた日に何度死んでも、3時間後には違う自分になっている。そういうゲームが、SEKIROだ。最後まで読んでくれた人には、ぜひ葦名の地を一度歩いてみてほしい。弾きが初めてきれいに決まったその瞬間には、このゲームを選んで本当によかったと心の底から思えるはずだ。
このゲームのせいで他のアクションゲームが全部ぬるく感じるようになってしまった。SEKIROをやる前と後で、ゲームとの向き合い方が変わった。
引用元:Steamレビュー
Sekiro™: Shadows Die Twice - GOTY Edition
| 価格 | ¥8,360 |
|---|---|
| 開発 | FromSoftware, Inc. |
| 販売 | Activision (Excluding Japan and Asia), FromSoftware, Inc. (Japan), 方块游戏 (Asia) |
| 日本語 | 非対応 |
| 対応OS | Windows |
| プレイ形式 | シングル |
