Dishonored — 超常能力で復讐を果たす自由度全開のステルスアクション
ゲームを起動して最初にやったのは、ターゲットを暗殺することではなかった。屋根の上から街を見下ろして、「どのルートで行こうか」と考えることだった。正面から剣で斬り込むか、ブリンクで壁の上へ飛び移って窓から侵入するか、それとも全員を眠らせて一切の血を流さずに終わらせるか。Dishonoredには、その選択の自由がある。2012年にArkane Studiosが放ったこの一作は、ステルスゲームというジャンルそのものを揺さぶった。13年が経った今も、「あのゲームを超えるステルスアクションは?」という話題になると、必ずDishonoredの名前が出てくる。
Arkane Studiosはフランスのリヨンとアメリカのオースティンを拠点とするスタジオで、創業者のRaphaël Colantonio(ラファエル・コランティーノ)と、Deus Exの開発に携わったHarvey Smithが共同でクリエイティブディレクターを務めた。「没入型シミュレーター」というジャンルの信奉者たちが作り上げた本作は、ただのアクションゲームではなく、プレイヤーが世界と能動的に対話できる実験場として設計されている。
2020年3月には正式に日本語対応を果たし、日本語テキストで遊べるようになった。Steamでは4万7千件以上のユーザーレビューの97%が好評という「圧倒的に好評」のステータスを長年にわたって維持し続けている。これは2012年に発売されたゲームとしては異例の評価だ。
「Dishonored」公式トレーラー
こんな人に読んでほしい

Dishonoredという名前を聞いたことはあるけれど、どんなゲームかよくわからない人に向けてこの記事を書いた。あるいは、「ステルスゲームって難しそうで……」と躊躇している人にも届けたい。本作はステルスゲームの敷居を大きく下げた作品でもあるからだ。
逆に、すでにプレイ済みの人には、このゲームが持つ設計の深さを改めて言語化する記事として読んでもらえればうれしい。「なぜDishonoredはこんなに面白いのか」を、できるだけ具体的に掘り下げていく。
- ステルスゲームに興味はあるが触ったことがない人
- FPSや剣劇アクションに飽きてきた人
- ストーリーのある世界観を歩き回りたい人
- 「同じゲームを何周もやる」タイプのプレイヤー
- 自由度の高い攻略が好きな人
- ゲームの世界観や設定にこだわりがある人
Dishonoredとはどんなゲームか——一行で言い切れない奥深さ
Dishonoredを一言で説明しようとすると困る。「ステルスゲーム」と言えば間違いではないが、正確でもない。「FPS」と言えばそれも一面に過ぎない。「アクションアドベンチャー」でもあるし、「没入型シミュレーター」とも呼ばれる。強いて言えば、「プレイヤーが世界に対して能動的に干渉できる、選択肢が豊富なFPSアクション」ということになる。
2012年10月に北米で、同年11月に日本でも発売された。開発はArkane Studios、パブリッシャーはBethesda Softworks(ベセスダ・ソフトワークス)。Bethesdaといえば「The Elder Scrolls」シリーズや「Fallout」シリーズを世に出した大手パブリッシャーで、Dishonoredはその傘下で開発された作品だ。
ゲームのジャンルは「アクション・アドベンチャー」「ステルス」として分類されることが多いが、設計思想は「没入型シミュレーター(Immersive Sim)」と呼ばれるジャンルに属している。このジャンルは1990年代後半から2000年代にかけてLooking Glass StudiosやIon Stormが確立したもので、「プレイヤーに複数の解決策を与え、どれを選んでも物語が前進する」ことを核心としている。
Dishonoredの特徴を一番うまく表現しているのは、Harvey Smithが語ったこの言葉かもしれない。「私たちは、プレイヤーが思いつかなかったような解決策でもクリアできるゲームを作りたかった」。実際にそれが実現されているから、発売から10年以上経った今でも「あんな方法があったのか」という発見が続いている。
ダンウォールという街と、汚名を着せられた男の物語
舞台はダンウォール。産業革命期のロンドンを彷彿とさせる港湾都市で、鯨油を動力源とした独自のスチームパンク的文明が発展している。空気には疫病が漂い、路地裏には感染者(ウィーパーと呼ばれる)が徘徊し、警備兵は冷酷な独裁政権に仕える。薄暗い雨の街と、腐敗しきった権力構造。Dishonoredの世界は最初から重く、息苦しい。
主人公のコルヴォ・アッターノはジェサミン女王の護衛隊長だった。あらゆる脅威からエミリー王女を守ってきた、国で最も信頼された男だ。しかし女王は目の前で暗殺され、その娘エミリーは連れ去られ、コルヴォ自身は殺害犯として投獄される。無実の罪を着せられ、処刑を目前にした男。物語の出発点はそこにある。
脱獄を果たしたコルヴォは「忠誠派」と呼ばれる秘密組織の支援を受けながら、真の黒幕に迫っていく。そしてある夜、「アウトサイダー」と名乗る謎めいた存在が現れ、コルヴォの左手に不思議なマークを刻む。これがゲームの核心――超常能力の源泉だ。
アウトサイダーはゲーム内で何度かコルヴォに語りかけてくる。善も悪も裁かない、ただ観察するだけの存在として描かれている。彼の言葉は哲学的で、どこかシニカルで、「あなたはどう動くのか」とプレイヤーに問いかけてくるような口調だ。この演出が実に巧みで、「ゲームの神様から見られている感覚」を生み出している。
ダンウォールの細部に宿るリアリティ
Arkane Studiosが作り込んだのはゲームプレイだけではない。世界の細部にまで徹底的に手が入っている。街の壁には落書き、机の上には手紙、本棚には読める書物。ダンウォールの歴史、登場人物の関係、政治の腐敗具合。これらは全て環境から拾い集められる情報として配置されている。
ゲームには「ルーン」と「骨のお守り」が各所に隠されているが、それらを探す過程で必然的に世界を深掘りすることになる。ただアイテムを集めているのではなく、その場所の歴史を読んでいるような感覚がある。
例えば、ある区画の建物に侵入すると、そこに住んでいた家族の日常が散乱したメモから浮かび上がってくる。疫病で失った子供のこと、逃げ場を探す親のこと。ゲームの目標達成には一切関係ない情報だが、その積み重ねがダンウォールを「生きていた街」として感じさせる。
NPCたちの会話も侮れない。警備兵同士が交わす雑談の中に、今のダンウォールがどれだけ腐敗しているかが自然に滲み出る。「昨日また感染者が三人見つかった」「上の連中は金持ちの屋敷しか守らないからな」——そういった台詞が積み重なり、プレイヤーはゲームの世界を「説明」ではなく「体験」として理解していく。
ダンウォールの世界観に引き込まれすぎて、ミッションそっちのけで建物の中を探索し続けてしまった。あの街には「生きていた痕跡」がある。
引用元:Steamレビュー
登場人物と関係の変化
忠誠派の面々も個性的だ。ゲーム全体にわたって基地となる「ハウンドピット・パブ」に集まる彼らは、それぞれ独自の目的と思惑を持っている。発明家のソコロフ、諜報員のペンデルトン兄弟、料理人のウォレス。それぞれに手紙を読んだり会話をしたりすることで、表の顔と裏の顔が見えてくる。
そして注目すべきはエミリー・カルドウィンだ。本作の目的は彼女を救い出すことだが、プレイヤーがどんな行動を取るかによってエミリーの描く絵が変わる。高カオスで暴力的な行動を積み重ねると、幼い彼女が「コルヴォが敵を串刺しにする絵」を描くようになる。低カオスで慎重に動けば、明るい光景の絵になる。ゲームが直接言わないところで、プレイヤーの行動の影響が伝わってくる。
9つのミッションに詰め込まれた選択の嵐
ゲームは全9ミッションで構成されている。各ミッションで「ターゲット」が存在し、そこへ到達して任務を完了するのが基本的な流れだ。ただ、その「どうやってたどり着くか」がDishonoredの全てだと言っていい。
コルヴォが使える武器とガジェットは豊富だ。剣、クロスボウ、拳銃、グレネード。眠らせるボルト、ネズミを呼び寄せる装置。そしてアウトサイダーから与えられた超常能力群。これらを組み合わせる方法は、プレイヤーが思いついた数だけある。
「光の壁」というエネルギーバリアが張られたゲート。敵は通れないし、通過しようとした者は即座に死ぬ。通常の解決策は、近くの「ウェイル・オイル・タンク(鯨油タンク)」を見つけて電源を切ること。しかしそれ以外にも方法がある。ネズミに乗り移り、ネズミしか通れない小さな穴から迂回する。木箱を積み上げて上から飛び越える。ブリンクでバリアの先へ直接跳ぶ。一つの障害に対して、少なくとも5通りほどの突破口が存在する。
Dishonoredのマップはオープンワールドではなく、ミッションごとに区切られた「自己完結型エリア」になっている。しかしその区切られたエリアの中に、縦横無尽の探索空間が詰まっている。地上から地下から屋根の上から、全方向でルートが分岐している。設計の密度で言えば、広いだけのオープンワールドより高いかもしれない。
コルヴォの超常能力:ブリンクから時間停止まで
超常能力の中心にあるのが「ブリンク」だ。視界内の任意の場所に一瞬で移動できる。壁の上へ、屋根へ、木箱の陰へ。この能力一つでマップの移動が根本から変わる。警備兵の目を盗んで物陰から物陰へワープしながら進む感覚は、慣れると止められなくなる。
ブリンクはアップグレードすることで「空中での使用」ができるようになる。一度ブリンクで高い場所に飛び、空中でもう一度ブリンクして更に上へ。ルーン(アップグレード素材)への投資次第で、コルヴォの移動範囲は劇的に広がる。
「ダークビジョン」は壁越しに敵の位置と視界を把握する能力だ。ステルスゲーム初心者にとって最大の壁は「敵がどこにいるかわからない」という不安だが、ダークビジョンはその問題をほぼ解消してくれる。この能力の存在がDishonoredをステルス初心者にも遊びやすくしている大きな理由だ。アップグレードすれば、敵が見ている方向まで可視化できるようになる。
「時間停止(ベンド・タイム)」は使い方次第で戦況を完全にコントロールできる。敵の銃弾すら止められるこの能力を使って、複数の敵を同時に処理したり、窮地を脱したりできる。最初は地味に思えるが、使いこなすほど強力になるスキルだ。アップグレードすると「低速化」から「完全停止」に進化する。
「デボラー(ネズミの群れ)」は敵に害虫を差し向ける。音もなく、血も少なく、対象を消す。映像的にはグロテスクだが、不殺プレイをしているプレイヤーにとっては意外なことにこの能力はカウントされない(ネズミが食べるのはコルヴォが殺したことにはならない、という解釈だ)。
「ポゼス」は敵の体に乗り移り、警備兵として歩いて関所を突破したり、ネズミに乗り移って換気口から侵入したりできる。乗り移れる対象は人間、ネズミ、魚と幅広い。ネズミに乗り移って小さなトンネルを通り、後ろから侵入するルートはプレイヤーが自分で発見したときの喜びが格別だ。
「ウィンドブラスト」は衝撃波を放つ能力で、敵を吹き飛ばしたり、飛んできた矢を跳ね返したりできる。これらの能力はルーンを集めてアップグレードしていくが、一周でルーンを全部集めてすべての能力を最大まで上げることはできない。どの能力を優先するか、プレイスタイルによって自然と選択が分かれる設計だ。
ステルス派か、暴力派か、それとも完全不殺か
Dishonoredには三つの大きなアプローチがある。
一つ目は「高カオス(ハイカオス)」プレイ。敵を積極的に殺し、正面から戦い、力でミッションを完遂する。ゲームとして爽快で、アクションFPSに近い体験になる。コルヴォは剣と銃を使いこなす暗殺者なので、戦闘力自体は相当高い。ただし集団戦は苦手で、多数に囲まれると危険だ。強化した能力と組み合わせることで、戦闘も十分に楽しめる。
二つ目は「低カオス(ローカオス)」プレイ。眠り薬入りのボルトや絞め落としで敵を気絶させ、できる限り殺さずにミッションをこなす。難易度は上がるが、世界への影響が変わる。ダンウォールに徘徊するネズミの数が減り、後のエンディングにも影響する。
三つ目は「完全不殺」プレイ。ターゲットに対してすら「殺さない代替手段」を取る。例えばあるミッションでは、ターゲットを殺す代わりに彼を永遠に閉じ込める装置に接続するという選択肢がある。発想が倫理的に問われるが、ゲームとして成立している。完全不殺クリアは実績にも関わっており、達成した時の満足感は格別だ。
ガジェットの組み合わせが生む即興劇
武器やガジェットも豊富だ。クロスボウには複数の種類のボルトを装填できる。眠りの矢は敵を安全に無力化する。爆発矢は集団を吹き飛ばす。音を立てずに特定の敵だけを処理したいなら「スプリングレイザー(罠)」を仕掛けてその前に敵を誘導するのも手だ。
面白いのが「風の罠」だ。これを光の壁の前に置いておくと、敵が近づいた瞬間に光の壁に吹き飛ばされ即死する。設定した罠に敵が引っかかる瞬間の満足感は独特だ。自分が何もしていないのに敵を処理できる、受動的な戦術の面白さがある。
グレネードはEMP(電磁パルス)タイプと爆発タイプがある。EMPは電気系の敵(自動パトロールドール)を無力化するのに使い、爆発グレネードは集団に投げ込む。この二種類を持っておくだけで対応できる状況が大きく広がる。
さらに、敵の行動を一時的に封じる「コルヴォのグレネード」の応用も効く。ベンド・タイムで時間を止めた状態でグレネードを投げ、時間を再開させてまとめて爆発させるといった組み合わせ技も自然と思いつける。ゲームが「この組み合わせをやれ」と指示するわけではなく、プレイヤーが実験して発見する。それがDishonoredの醍醐味だ。
コルヴォが「無言の主人公」である理由

コルヴォ・アッターノは本作において台詞を持たない、いわゆる「無言の主人公」だ。NPCに話しかけても反応せず、あらゆる状況で黙って行動するだけ。これについては開発チームも意図的な選択だったと語っている。
理由の一つは、「プレイヤーがコルヴォに自分を投影しやすくするため」だ。主人公が積極的に話すと、プレイヤーの想像する「コルヴォ像」と乖離が生じる。無言にすることで、どんな人が操作しても「自分がコルヴォだ」という感覚を維持できる。
もう一つは、「行動で語る」という設計哲学だ。コルヴォはプレイヤーの操作そのものが「彼の意思表示」になる。全員を気絶させて進めば「コルヴォは慈悲深い」、殺しながら進めば「コルヴォは冷徹だ」という人物像が出来上がる。その解釈をプレイヤーに委ねるために、台詞で固定しないという選択をした。
後に発売されたDishonored 2ではコルヴォが声を持つようになったが、プレイヤーからは「やはり無言の方が感情移入できた」という声も一定数出た。これは1作目の設計が、それだけ効果的だったことの証明でもある。
ミッションデザインの具体的な工夫
各ミッションは「ターゲットへの到達」という明確な目的を持ちながら、同時に「世界の探索」を促す構造になっている。ターゲットの部屋に直行するのは実は最も非効率なルートで、周りを探索することでより有利な手段が見えてくる設計だ。
例えば第2ミッション「女王の衛兵を殺せ」では、ターゲットに直接接触する前に彼の日課や弱点を示す手紙が周囲に散らばっている。それを読んでから挑む人と、読まずに突入する人では、ターゲットへのアプローチが全く変わる。前者には「弱点を突く効率的な手段」が見えているが、後者は純粋な腕力で解決しなければならない。どちらも成立する、が体験が全く違う。
マップ設計が優れているのは「垂直方向の使い方」だ。多くのアクションゲームは平面的に広いマップを移動するが、Dishonoredでは同じ地点でも屋根の上、地上、地下の三層が常に存在する。屋根から敵をやり過ごしながら進む、換気口を通って建物の内側に入る、下水路から侵入する。縦の移動の豊かさが、マップを実際の面積より広く感じさせる。
カオスシステム——プレイヤーの選択が世界を変える
Dishonoredには「カオス」という概念が組み込まれている。敵を殺すごとにカオス値が上昇し、ゲームの世界が変化していく。
カオス値が高くなると、ダンウォールの街にネズミや感染者(ウィーパー)が増える。NPCのセリフも変わり、「お前のような暗殺者のせいで世界が壊れていく」というニュアンスの言葉が増える。仲間のNPCたちもコルヴォへの接し方が変わる。ハウンドピット・パブの面々が次第によそよそしくなっていく。
カオス値はエンディングにも直結する。ハイカオスルートとローカオスルートでは、最終的な結末が異なる。これはただの「良いエンド・悪いエンド」の分岐ではなく、プレイヤーがゲーム全体を通じて積み重ねた選択の結果として描かれるため、説得力がある。
「殺したから罰として悪エンドになる」ではなく、「お前が殺し続けたから世界がこうなった」という因果関係として描かれる。この設計がプレイヤーに「自分の行動に責任がある」と感じさせる。
ゲームが「どちらが正しい」と言わない
面白いのは、Dishonoredがプレイヤーを道徳的に裁かないことだ。ハイカオスプレイをしても「お前は悪いやつだ」とゲームが言うわけではない。ただ世界がそのように反応するだけ。低カオスプレイが「正解」で高カオスが「間違い」という描き方もしていない。
どちらのプレイスタイルも楽しく、どちらのエンディングも完結している。Arkane Studios自身はインタビューで「どちらのルートも等しく楽しめるゲームにしたかった」と語っている。「プレイヤーが自分のやりたいことをやれる自由」を最優先した結果として、カオスシステムは報酬でも罰でもなく「鏡」として機能している。
ターゲットへの「別の結末」という設計
完全不殺プレイを目指すプレイヤーへの配慮として、Dishonoredは各ターゲットに「殺さない解決策」を用意している。ただし、これが一筋縄ではいかない。
あるミッションでは、ターゲットを殺す代わりに彼の内臓に機械を植え込んで永遠に拷問し続ける装置に接続するという選択肢がある。「殺していない」が、道徳的にどちらが残酷かは明白だ。別のミッションでは、ターゲットを遠い地に追放するという選択肢がある。
このような「グレーゾーンの不殺」を用意している点が、Dishonoredの深みだ。「殺さなければいい」という単純な二択ではなく、「何をどこまで許容するか」という問いを突きつけてくる。ゲームが答えを出さないまま、プレイヤーに委ねる。
なぜ2周目、3周目と遊んでしまうのか
Dishonoredは一周でクリアしても「また遊びたい」という感覚が強く残る。なぜそうなるかを考えると、設計的な仕掛けが見えてくる。
まず、一周目では必ず「やらなかった選択肢」が残る。ブリンクを多用してクリアした人は「ポゼスを主体にしたらどうなるか」を試したくなる。全員を気絶させた人は「次は全員を倒してみようか」と思う。完全不殺でクリアした人は「次は躊躇なく殺しながら進んでみよう」と動く。一周目は体験のサンプルに過ぎないという感覚がある。
次に、カオスシステムによるエンディングの分岐だ。ハイカオスとローカオスで最終ミッションの敵の数や状況が変わり、エンディングも異なる。「もう一方のエンディングを見てみたい」という動機が、自然と二周目の動力になる。
また、ルーン収集と能力選択の幅だ。一周ですべての能力をMAXにはできないため、次の周では別の能力を育てることになる。「今回はベンド・タイムとデボラーに特化してみよう」といった縛り自体がゲームになる。これがプレイヤーが自分で「縛りプレイ」を発案して楽しむ文化を生んでいる。
さらに、「隠し要素の発見」というモチベーションもある。一周目では気づかなかった隠し部屋、入手できなかったアイテム、発見できなかったルートがある。二周目は「今回こそ全部探索してみよう」という気持ちで動くため、同じマップでも全く違う体験になる。
ステルスゲームの敷居を下げた設計
ステルスゲームは難しい、という印象を持っている人は多い。見つかった瞬間にゲームオーバー、敵の動きを覚えるまで何度も死ぬ、ルートを間違えると詰む。そういった経験をしてきたプレイヤーが、Dishonoredに触れると驚く。
「これ、ステルスゲームより遊びやすくない?」
ダークビジョンで敵の動きが常に把握できる。ブリンクで素早く逃げられる。ベンド・タイムで時間を稼げる。見つかっても正面から戦って切り抜けられる。いざとなれば全員をネズミにして逃げられる。「詰まる」という感覚がほとんどない。
通常のステルスゲームでは「警戒状態になった敵をやり過ごす」のが難関の一つだが、Dishonoredでは多くの場面でそれすら飛ばせる手段がある。ポゼスで敵に乗り移れば警戒も解けるし、ベンド・タイムで一時停止して即座に離脱もできる。
ステルスゲームの取っ付きにくさを解消しながら、やり込み派には完全不殺という高難度の挑戦を用意している。この設計の幅の広さが、本作が多くのプレイヤーに刺さった理由だ。
「ステルスゲームが苦手」と言っていた友人に勧めたら、先にクリアされた。それくらいとっつきやすい。
引用元:Steamレビュー
難易度設定も柔軟だ。Easy、Normal、Hard、Very Hardと幅があり、敵の視野や反応速度が変わる。さらにカスタム設定でアイテム使用数の上限や能力使用量の調整もできる。ゲームをストーリー体験として楽しみたい人から、縛りプレイ前提の上級者まで、それぞれに合わせた調整が可能だ。
特に「コルヴォの超常能力を一切使わずにクリアする」という縛りは、ゲームの見え方が根本から変わる体験として面白い。超常能力なしのコルヴォは、純粋な剣と銃と知恵で世界を渡る暗殺者になる。それはそれで、また違うゲームになる。
ゲームのリプレイ価値と「実績」の設計

Dishonoredには豊富な実績(トロフィー)が用意されており、それ自体がリプレイのガイドになっている。「一度も気絶させずにクリア(純粋な殺戮プレイ)」「誰も死なせずにクリア(完全不殺)」「ゴースト(一度も見つかれずにクリア)」「超常能力を使わずにクリア」など、プレイスタイルを縛った挑戦が多い。
特に「ゴーストプレイ」は難易度が高い。一度でも警備兵に発見されると実績が途切れるため、細心の注意が必要だ。ただし「完全に見つかってはいけない」のではなく、「警戒させても、警戒レベルが最大になる前に逃げれば問題ない」という仕様があるため、完全な不可視ではなく「うまく逃げ切る技術」が試される。
実績を眺めながら「次はどの縛りに挑戦しようか」と計画を立てる時間も含めて、Dishonoredというゲームの体験が構成されている。ゲームをクリアしてからが本当のスタートだという感覚がある。
Steamのプレイ時間の統計を見ると、Dishonoredを100時間以上プレイしているユーザーが相当数いることがわかる。メインストーリーが10時間前後でクリアできるゲームで100時間を費やすというのは、繰り返しプレイの魅力がいかに強いかを示している。
100以上のGOTYを獲得した理由
Dishonoredは2012年に発売されるや否や、批評家から絶賛を浴びた。Ars Technica、CBS News、CNET、CNN、Edge、Forbes、The Guardianがそれぞれ2012年ベストゲーム1位に選出。2013年のBAFTA(英国アカデミー賞)でベストゲームを受賞し、2013年ゲームデベロッパーズチョイスアワードではオーディエンスチョイスを獲得。最終的に100以上のGOTY賞を受け取ることになった。
Edge誌はArkane Studiosを「スタジオオブザイヤー」に選出。業界全体が、このスタジオの出現を「新しいものが来た」と感じていた。2012年のSpikeビデオゲームアワードではベストアクションアドベンチャーゲームを受賞し、ゲームオブザイヤーにもノミネートされた。
Steamでは2026年現在も4万7000件以上のユーザーレビューの97%が好評で、「圧倒的に好評」のステータスを維持し続けている。発売から13年以上経つゲームが、これほどの評価を保ち続けることは珍しい。
何が批評家と一般プレイヤーの両方に刺さったのか
批評家が評価したのは設計の密度だ。一つのマップの中に、プレイヤーが思いついた攻略法をほぼ全て受け入れる懐の深さがある。「こんな方法でいけるかな?」と試したとき、高確率で「いける」という体験がゲームへの信頼を生む。
一般プレイヤーが評価したのは「自分のゲームになる感覚」だ。同じミッションを完全にステルスでクリアしたプレイヤーと、全員を正面から倒してクリアしたプレイヤーが、「どうだった?」と話し合うと全然違う体験談になる。それはゲームへの親しみをさらに深める。
同じ「プレイヤーが主体的に物語を作る」系の体験として、

ユーザーが語るDishonoredの魅力
日本語のSteamレビューや各種ゲームブログを見ると、Dishonoredへの愛情が伝わる声が多い。特に繰り返し登場するテーマが「自由度」と「世界観」だ。
目的や結果は単純明快だが、それに至るまでの過程が重視されており、その過程こそがゲームの醍醐味。ステルスアクション好きだけでなく、ゲームは過程を楽しんでこそという人にもお勧めの作品。
引用元:Steamレビュー
敵を殺さずに進める選択肢もあれば、殺しまくるのも自由。特殊能力でネズミになったり、ネズミに敵を襲わせたりできる。主人公がチート的に強い反面、集団戦には弱いというバランスが絶妙。
引用元:Steamレビュー
ゲームの自由度についてはこんな声もある。
「こうすれば行けるかな?」と試した方法が、ほとんど全部うまくいく。ゲームが自分の発想を受け入れてくれる感覚があって、それが楽しくて仕方ない。
引用元:Steamレビュー
カオスシステムについては、世界観の変化を楽しんだというポジティブな声が多い一方で、こういった声もある。
良いエンディングを見ようとすると不殺プレイを強いられる感じがして、せっかくの自由度が制限されているように思えた。
引用元:Steamレビュー
この意見はある意味で正当な批判だ。「自由に遊んでいいよ」と言いながら、「でも最善の結末は縛りプレイでしか見られないよ」というジレンマがある。Arkane Studios自身も後のシリーズ作でこの点をアップデートしていく。
ゲームボリュームについても指摘がある。
メインをサクッと進めると10時間前後でクリアできてしまう。世界観が好きだっただけに、もっと長く遊びたかった。
引用元:4Gamerユーザーレビュー
メインストーリーのボリュームに関しては「短い」という感想が一定数ある。ただし、この感想を書いたプレイヤーの多くが「だからDLCを買った」「2周目、3周目と遊んだ」と続けている。ゲーム本体の密度と繰り返し遊ぶ楽しさが、ボリューム不足の印象を補っている。
批判もある——正直に書いておく
Dishonoredが完璧なゲームかというと、そうは言い切れない部分もある。正直に書いておく。
まずストーリーの厚みだ。世界観の密度は高いが、本編のメインストーリーは直線的でシンプルだ。「黒幕を探して倒す」という構造は明快だが、途中の人物描写が薄い場面がある。登場人物の動機や感情が、手紙やログから拾うことを前提に作られているため、それを読まずに進めると印象が薄くなる。逆に言えば、世界を丁寧に読み込むプレイヤーほど深い体験ができる設計になっている。
次に、一人称視点の視野の狭さについて。本作はFPSスタイルで、視野角がやや狭い。高いところから飛び降りるときや、複数の敵に囲まれたときに視界が追いつかなくなることがある。この点は慣れで解消できるが、最初は戸惑う人もいる。PCであれば視野角を広げる設定変更も可能だ。
それから操作感の独特さ。コルヴォの動きはやや重く、最初は「思ったように動かせない」と感じることがある。マウスとキーボードの感度設定も、デフォルトではやや違和感がある人もいて、調整が必要なケースがある。特にブリンクを瞬時に使いこなすまでに、少し練習が要る。
操作感が独特で最初は慣れるのに時間がかかった。でも慣れたらもう他のFPSには戻れないくらい気持ちよくなった。
引用元:Steamレビュー
実績(トロフィー)システムについても触れておく。完全不殺クリアや、特定のミッションを特定の条件でこなす実績など、縛りプレイを前提とした難しいものが多い。これを「やり込み要素」として楽しめる人にはいいが、全実績解除を目指すと窮屈に感じることがある。特に「ゴーストプレイ(一度も見つかってはいけない)」と「不殺」を同時に達成しようとすると、相当の忍耐力が求められる。
また、キャラクターモデルのビジュアルは写実的なグラフィックを期待すると違和感を覚えるかもしれない。顔が誇張されたデフォルメスタイルで、これを「癖が強くて好きになれない」という声もある。ただしこれはArkane Studiosが意図した美術表現であり、慣れると独自の魅力として見えてくる。
これらの批判点を踏まえても、Dishonoredが名作であることは揺るがない。欠点を知った上で遊ぶと、さらに楽しめる。
グラフィックと音楽:薄暗い美学の世界
Dishonoredのビジュアルは独特だ。写実的なグラフィックではなく、油絵のような質感とデフォルメが混じった美術スタイルを採用している。Viktor Antonov(ビクトル・アントーノフ)がビジュアルデザインに関わっており、彼はHalf-Life 2のシティ17のデザインを手がけた人物でもある。その美学がダンウォールの街にも息づいている。
ダンウォールの背景グラフィックは丁寧に作り込まれている。雨に濡れた石畳、錆びついた機械、煙を吐き続ける工場の煙突。薄暗い色調の中に細部が詰まっていて、探索しながら眺めているだけで絵になる。2012年のゲームだが、美術的な完成度は今見ても古びていない。
音楽はDaniel Licht(ダニエル・リヒト)が担当した。彼はテレビドラマ「デクスター」の音楽で知られる作曲家だ。Dishonoredのサウンドトラックは、産業的な機械音と弦楽器が混在する不安定なテクスチャーを持ち、ダンウォールの世界観を音で補完している。特に潜入中に流れる音楽は、緊張感と悲哀が混じって秀逸だ。
「Drunken Whaler」という曲は、ゲームのメインテーマとして繰り返し使われる。もとは伝統的なシャンティ(船乗りの歌)のアレンジで、口ずさめるほどシンプルなのにどこか物悲しい。この曲がかかるたびにダンウォールの空気が蘇ってくるという人が多い。YouTubeでサウンドトラックを検索すると、今でも根強いファンのコメントが溢れている。
声優陣の演技
英語音声の演技も見逃せない。コルヴォは本作では「無言の主人公」として描かれ、台詞を持たない。一方でアウトサイダーを演じたBilly Lush(ビリー・ラッシュ)の落ち着いた声と演技は、神秘的な存在としての説得力を高めている。忠誠派の面々を演じる声優陣も、それぞれの人物の複雑さを表現している。
日本語字幕で遊ぶ場合でも、英語音声のトーンや演技が雰囲気づくりに大きく貢献しているため、字幕を読みながらも英語音声のままプレイすることをすすめる。
拡張コンテンツ:ダウドのDLCとその完成度

本編クリア後に待っているのが、「ザ・ナイフ・オブ・ダンウォール」と「ブリガモア・ウィッチズ」の二つのDLCだ。これらは別の主人公、ダウドという暗殺者の視点で描かれる外伝的なストーリーだ。
ダウドはコルヴォに近いが、能力セットが微妙に異なる。彼の「ブリンク」は一時停止を伴うタイプで、空中で次の目的地を選べる。「召喚」で手下の暗殺者を一時的に呼び出せる。これらの違いがDLCを単なる「追加コンテンツ」ではなく、別のゲームに近い体験にしている。
ストーリー面でも、ダウドのDLCは本編と直接つながっている。本編の冒頭で起きたある出来事が、ダウド視点から描き直される。本編プレイ済みの人が遊ぶと「あの場面はそういうことだったのか」という発見がある。ダウド自身の属しているギルドの設定や、アウトサイダーとの関係性も深掘りされる。
「ザ・ナイフ・オブ・ダンウォール」はダウドが罪悪感に向き合いながらある人物を探す物語で、3つのミッションが収録されている。「ブリガモア・ウィッチズ」はダウドの物語の結末を描く全3ミッションで、本編では名前しか出てこなかった「ブリガモア・ウィッチズ」という組織が登場する。
DLCは別途購入が必要だが、Definitive Editionを購入すればすべてのコンテンツが含まれている。ゲーム本編が気に入ったならDLCまでの一括購入を強くすすめる。ダウドの物語は本編と同等か、それ以上に完成度が高いという評価もある。
他のゲームとの比較から見えてくるもの
Dishonoredはよく「Thiefの精神的後継作」と言われる。Thiefは1998年にLooking Glass Studiosが作ったステルスゲームの古典で、「光と影を利用して敵を回避する」システムが革新的だった。Dishonoredはその流れを汲みつつ、現代的な操作感とFPS視点に翻訳した作品だ。Harvey Smith自身がThiefへの影響を公言している。
また、「没入型シミュレーター(Immersive Sim)」というジャンルの代表作として語られる。このジャンルはDeus ExやSystem Shockが先駆けとなったもので、「プレイヤーが能動的に世界と関わり、複数の解決策を試せる」設計が特徴だ。Dishonoredはこのジャンルを、より広い層にとってアクセスしやすい形で提示した。
ホラー色の強いアクションゲームと比べると、Dishonoredの体験の方向性はかなり異なる。例えば

同様に、

ゲームの設計思想という観点で言えば、

Dishonoredシリーズの展開
本作の成功を受けて、Arkane Studiosはシリーズを展開した。2016年に発売された「Dishonored 2」では、コルヴォに加えてエミリー・カルドウィンも操作可能キャラクターとして追加された。エミリーの能力は本作とは異なる系統で、「ドミノ(鎖を繋いだ複数の敵に同じ効果をかける)」「ファーリーチ(腕を伸ばして敵を掴む)」「メズマライズ(周囲の敵を数秒間行動不能にする)」など、独自の戦略性がある。
Dishonored 2は本作の良さを引き継ぎながら、ミッションの設計が更に洗練された。特に「機械師の邸宅」と「時計仕掛けの邸宅」はFPS史上最高レベルのミッションデザインと評する声があるほどだ。時計仕掛けの邸宅は、時間を巻き戻す装置を使いながら同じ建物を過去と現在で行き来するミッションで、ステルスゲームの設計の限界を超えたという評価を受けた。
ただしDishonored 2は「マップが複雑になりすぎて迷う」という批判もあった。本作(1作目)の方が各ミッションのサイズが適切で、迷子になりにくいという意見もある。シリーズに興味を持ったなら、1作目から順番にプレイすることをすすめる。
2017年には「Dishonored: Death of the Outsider」が発売。アウトサイダーの存在そのものに迫るスタンドアロン作品で、シリーズの締めくくりとなった。主人公はBillie Lurch(ビリー・ラーチ)という別の暗殺者で、アウトサイダーの「マーク」を持たないという斬新な設定だ。
Arkane Studiosはその後も「Prey(2017)」「Deathloop(2021)」と没入型シミュレーターの流れを継承した作品を出し続けたが、「Dishonoredシリーズ続編は?」という声はファンの間で今も続いている。
Steam版の日本語対応と入手方法
2020年3月のアップデートで、Steam版Dishonoredは正式に日本語に対応した。テキストおよびインターフェースが日本語化されており、字幕も日本語で読める。音声は英語のままだが、英語音声の演技は評価が高く、字幕と合わせて楽しめる。
Steamでは定価での購入に加え、セールのたびに大幅割引になることが多い。特に70%オフセール時に購入したというプレイヤーが多く、コストパフォーマンスは高い。DLCを全て含む「Dishonored Definitive Edition」も販売されており、これを購入すれば全コンテンツを一括で入手できる。DLCまで含めてセールになっているタイミングを狙うのが一番おトクだ。
PC推奨スペックは2012年当時のゲームだけあって非常に低く、現行のPCであれば問題なく動作する。古めのPCを使っているユーザーでも快適にプレイできる点は、今から始める人には朗報だ。フレームレートも安定しやすく、ゲームを快適に楽しめる環境が整っている。
コンソール版はPS4とXbox Oneで「Dishonored Definitive Edition」として発売されている。ただしキーボードとマウスによる操作は、ブリンクやダークビジョンの素早い切り替えに慣れると非常に快適なため、PCでのプレイをすすめる。
「ゲームとは何か」を問い直させるタイトル

Dishonoredは「ゲームとは何か」という問いを、体験を通じて示してくれるタイトルだ。映画でも小説でも再現できない、インタラクティブメディアだけが持つ体験がある。それは「プレイヤーが選択し、その選択が世界を変える」という実感だ。
観客として物語を眺めるのではなく、当事者として物語の中に生きる。コルヴォの行動一つひとつがダンウォールの運命を変え、エミリーの未来を左右し、仲間たちとの関係を形成する。その重さが、ゲームを単なる「娯楽」を超えた体験にする。
「ゲームを遊んだ後に何かが変わった感覚」——Dishonoredはそれをくれるタイトルだ。ゲームを終えた後、しばらく「あの選択は正しかったのか」「別の方法があったのではないか」と考え続けることがある。それはゲームがプレイヤーに何かを残した証拠だ。
Arkane Studiosへのリスペクト
Dishonoredを語るなら、このゲームを作ったArkane Studiosへの敬意は欠かせない。彼らは「没入型シミュレーター」という、売れることが保証されていないジャンルを選んで、それを現代のプレイヤーが遊べる形に仕上げた。
Raphaël Colantonioは「プレイヤーを驚かせたい。彼らが思いついた解決策を受け入れてあげたい」と語っていた。その言葉がDishonoredの設計哲学をそのまま表している。「こんな方法で行けるかな?」という問いに、ゲームが「いけるよ」と答えてくれる。それが本作の最大の強みだ。
Harvey Smithは後のインタビューで「Dishonoredは10年後にも語られるゲームになると信じていた」と述べた。その予言は見事に的中した。スタジオの規模で考えると、これほどの密度のゲームを完成させたことは本当にすごい。
Arkane Studiosは2012年の時点で既に「Arx Fatalis(2002)」「Dark Messiah of Might and Magic(2006)」という作品を世に出していたが、世界的な名声を確立したのはDishonoredからだ。そのスタジオが長年温め続けてきた設計思想の結晶が、このゲームに詰まっている。一人のゲーマーとして、Arkane Studiosがこのゲームを作ってくれたことには素直に感謝している。
Dishonoredが描く「道徳の曖昧さ」
Dishonoredが他の多くのゲームと異なる点の一つが、道徳的な判断をプレイヤーに委ねる姿勢だ。ゲームは「これが正しい行動だ」と示さない。
ターゲットを「殺さない方法」で処理する選択肢を選んでも、その方法が必ずしも「人道的」とは言えない。拷問に近い「不死の監禁」を選んで実績を解除した後、「本当にこれで良かったのか?」という疑問が残ることがある。そういった感情的な後味がDishonoredの体験を豊かにしている。
さらに、「誰を守り、誰を見捨てるか」という選択も随所にある。あるミッションでは、一般市民を危険にさらすことで別の市民を救うという状況が生まれる。どちらを優先するかはプレイヤーが決める。ゲームはどちらの選択を取っても「悪い」とは言わない。ただ、世界がその選択を記憶する。
こうした道徳的なグレーゾーンを体験させることが、Dishonoredが単なる「敵を倒すゲーム」を超えた理由だ。プレイ後に「あの選択は正しかったのか」と考えさせるゲームは、それだけプレイヤーの記憶に残る。
没入型シミュレーターというジャンルへの入り口として
Dishonoredは「没入型シミュレーター」というジャンルの入門として最適な作品でもある。このジャンルはDeus ExやSystem Shockといった古典から始まり、Dishonored以降はPreyやDeathloopへと続いている。
没入型シミュレーターの特徴は、「ゲームがルールの枠組みを用意し、その中でプレイヤーが自由に動ける」こと。どこへ行くかも、どう解決するかも、基本的にプレイヤーが決める。ゲームがプレイヤーの発想を尊重する。この感覚に一度ハマると、「ゲームに誘導されてレールの上を走っている」感覚が強い作品が物足りなくなることがある。
Dishonoredはその入り口として、難易度調整と超常能力による補助が充実しているため、ジャンル未経験者でも楽しみやすい。「Deus Exはちょっとハードルが高そう」という人が最初に触れる作品として、強くすすめられる理由がそこにある。
戦略的な思考という点では全く異なるが、

Dishonoredが今でも語られる理由
2012年のゲームが2026年の今も語られる理由は何か。技術的な古さより、設計の普遍性が勝っているからだ。
「プレイヤーに選ばせる」という設計思想は、時代が変わっても色褪せない。グラフィックは更新できても、「プレイヤーの想像力を受け入れる懐の深さ」は作ろうとして作れるものではない。Dishonoredはその懐を、ゲームに落とし込んだ。
世界観の密度も、今遊んでも十分に楽しめる。ダンウォールの街を歩き、手紙を読み、壁の落書きを眺める。そういった「ゲームの外縁にある物語」を積み重ねていくと、クリア後も「あのゲームの世界が好きだった」という感覚が残る。ゲームの「余韻」は、ゲームプレイの完成度と同じくらい大切で、Dishonoredはその余韻が長い。
「Dishonoredをまだやっていない」という人に会うたびに、羨ましくなる。初めてプレイする体験は一度しかない。あのゲームを初見でプレイする権利を持っている人は幸運だ。
10年以上のスパンで語り継がれるゲームには共通点がある。プレイヤーに「自分のゲームだった」と感じさせる力だ。Dishonoredは「俺のコルヴォ」という感覚がある。全員が違うやり方でクリアしていて、それを語り合える。その語り合いの場が13年経っても続いている。
特に、「ゲームを遊んだ人同士が語り合える共通体験と、それぞれ異なる個別体験の両方がある」というのは、強力なコミュニティの力学だ。「Dishonoredをクリアした」という事実は共有できるが、「どうやってクリアしたか」は全員違う。同じゲームを話題に、全く違る体験談が飛び交う。これがコミュニティを長命にさせる。
まとめ:今から始めても遅くない
Dishonoredは2012年のゲームだ。でも今から始めても、「古さ」よりも「面白さ」が先に来る。
ダンウォールの屋根の上で、次のルートを考えながら立ち止まる。その瞬間がDishonoredの核心だ。「どうやって行こうか」と考えること自体が楽しい。到達してしまうのが惜しいくらいに。
ステルスゲームが苦手な人にも、アクションが好きな人にも、世界観を歩き回るのが好きな人にも、それぞれの楽しみ方がある。同じゲームをクリアした人と話すと、全員が違う体験をしていることに気づく。それがDishonoredの面白さだ。
Arkane Studiosが丁寧に作り込んだこの世界を、ぜひ自分だけのやり方で歩いてみてほしい。コルヴォの復讐の旅は、あなたがどう動くかによって全く違う結末を迎える。ブリンクで屋根を飛び回るもよし、全員を剣で斬り倒すもよし、一滴の血も流さずにミッションをこなすもよし。どれも「あなただけのDishonoredの遊び方」だ。
そしてクリアした後に思う。「ああ、これをあの時点では知らなかったな」という発見の数々。Dishonoredは一周では終わらない。二周目には別の能力を試したくなる。三周目には完全不殺に挑戦したくなる。気づけばダンウォールの街が、どこよりも懐かしい場所になっている。
このゲームには「もったいない体験」というものがある。誰かに「Dishonored知らないの?」と言えるとき、心の中に小さな羨ましさがある。初めて遊ぶときの驚きは、二度と戻らないから。初見で体験できる人は本当に幸運だ。そのゲームの世界が、まだまっさらな状態で目の前に広がっている。
FPS世界でのステルスを極めたいなら


Dishonoredは2012年に生まれて、今も生きている。Steamのレビューには今日も誰かが初めてプレイした感想を書き込んでいる。そのコメントを読むと、13年前にこのゲームを初めて起動した瞬間が思い出される。ダンウォールの街は今日も雨が降っている。
Dishonored
| 価格 | ¥1,100 |
|---|---|
| 開発 | Arkane Studios |
| 販売 | Bethesda Softworks |
| 日本語 | 非対応 |
| 対応OS | Windows |
| プレイ形式 | シングル |

