北海の油田リグ、真夜中、嵐の中。逃げ場なんてどこにもない。
2024年6月18日にリリースされた『Still Wakes the Deep』をプレイしたとき、最初に感じたのは「これ、本当にゲームが上手い人が作ったな」という感覚だった。戦闘システムもない、クラフト要素もない、レベルアップもない。あるのは「逃げる」「隠れる」「叫ぶ(心の中で)」だけ。それなのに、6〜8時間があっという間に消えた。
The Chinese Roomといえば『Dear Esther』『Everybody’s Gone to the Rapture』といったウォーキングシミュレーターの雄として知られるスタジオだ。でも本作は、そこからさらに一歩踏み込んだ作品になっている。ただ歩いて景色を楽しむだけじゃない。クリーチャーから逃げ、壊れかけた足場を渡り、仲間の声を頼りに迷宮のようなリグを進んでいく。ウォーキングシミュレーターとホラーゲームの「あいだ」にある、独特の体験がそこにあった。
1975年という時代設定も効いている。現代のスマートフォンもGPSも通信設備もない。助けを呼ぶ手段はほぼ皆無。外は嵐。足元は海。そんな絶望的な状況で、主人公キャロン・マクリードはただ生き残ろうとする。
タイトル:Still Wakes the Deep
発売日:2024年6月18日
開発:The Chinese Room
パブリッシャー:Secret Mode
対応プラットフォーム:PC(Steam/Epic)、PS5、Xbox Series X|S
プレイ時間:6〜8時間
日本語字幕:あり(九州弁翻訳)
こんな人に読んでほしい
- 『SOMA』『Amnesia』のような戦闘なしホラーが好きな人
- 映画的なゲーム体験を求めている人
- 1970年代の北海油田という独特な舞台設定に惹かれた人
- The Chinese Roomの過去作が好きな人
- 短時間でしっかり完結するゲームを探している人
- 日本語字幕のローカライズ事情が気になる人
ゲーム概要:北海油田という「逃げられない場所」

舞台は1975年、スコットランド沖の北海に浮かぶ石油掘削リグ「Beira D」。主人公のキャロン・マクリードは故郷エディンバラからここに逃げてきた電気工だ。家庭の問題から逃げるように海の上の仕事に就いたはずが、まさかこんな形で「逃げられない」状況に追い込まれるとは思ってもいなかっただろう。
ある嵐の夜、掘削作業中に何かが起きる。地下深くから引き上げられたものが、リグの乗組員たちを次々と異形に変えていく。キャロンは仲間を救おうとするが、すでにリグはまともな状態ではない。足場は崩れ、火が燃え広がり、異形と化した元・同僚たちが徘徊している。
ゲームシステムはシンプルそのものだ。プレイヤーはキャロンを操作して探索し、特定の場所を通過するためにバルブを回したり、ロープを張ったり、壊れた足場を乗り越えたりする。クリーチャーに出くわしたら隠れる。捕まりそうになったら逃げる。それだけだ。
だからこそ、息がつまる。
「戦闘がないホラーゲームって最初はぬるいかと思ったけど、逃げるしかないという状況が逆にめちゃくちゃ怖い。自分では何もできないというのがホラーの本質なんだなと思った」
— Steamユーザーレビューより
1975年という時代設定が生み出す絶望感

現代のホラーゲームには珍しく、本作は通信手段がほぼ存在しない時代を舞台に選んだ。1975年当時の北海油田は、今と比べると安全基準も設備も格段に粗削りだった。リグの乗組員たちは海の上に孤立した環境で働き、陸との連絡は限られた無線だけ。
この設定が「どうせ助けが来る」という安心感を根本から奪っている。プレイ中、何度も「なんで誰も来ないんだ」と思ったが、そもそも1975年にそんなに早く助けが来るわけがないのだ。嵐で船は出せない。無線は壊れた。ヘリは飛べない。
逃げ場は文字通り存在しない。
リグという閉鎖空間の設計も巧みだった。鉄格子の廊下、むき出しのパイプ、ギシギシと軋む足場。1970年代の北海油田をリサーチして再現したというセットは、現代のゲームにありがちな「それっぽい工場」ではなく、本当に機能していたような重みを感じさせる。
「ビジュアルが本当に良い。1970年代の油田リグってこんな感じだったんだろうなという説得力があって、ホラーに入り込みやすかった」
— Steamユーザーレビューより
クリーチャーデザイン:「知っている誰か」が怖い
本作のクリーチャーは、元・人間だ。
これが意外と効いている。ゾンビ系のゲームにありがちな「もう完全に人じゃない化け物」ではなく、服装も体型も、さっきまで一緒にいた同僚の面影を残したまま変異している。声も残っている。それが余計に気持ち悪い。
有機的な粘液質の何かに融合したような姿で、床や壁を這い回る。音を立てると反応するが、視覚は限定的なので、静かに移動すれば隠れて通り過ぎることができる。逃げ場がなければ狭い空間に隠れて息を殺す。アクション要素は最小限で、プレイヤーに求められるのはパニックにならないことだ。
「ポセイドン・アドベンチャー」と「遊星からの物体X」を合わせたような雰囲気、という評価をいくつかのレビューで見たが、確かにそのとおりだと思った。ディザスター映画の絶望感と、得体の知れない異形の恐怖が両方ある。
「クリーチャーが元・同僚というのがじわじわ来る怖さ。序盤で少しだけ話した人が後半に変異した姿で出てきたとき、名前を見て「あ、あの人か」ってなった瞬間が一番キツかった」
— Steamユーザーレビューより
The Chinese Roomが得意なもの:人間の感情と物語

本作が単なる「逃げるだけのホラーゲーム」で終わっていない理由は、キャラクターの描き方にある。
主人公キャロンは、故郷に妻と子どもを残してこのリグに来ている。リグの中には同じくスコットランド出身の乗組員が多く、彼らとの会話や無線を通じて、少しずつ人間関係が見えてくる。全員が「どこかに帰りたい人」であり、帰れなくなった人たちだ。
The Chinese Roomはこういう「感情の積み重ね」が本当に上手いスタジオだ。大仰な演出ではなく、短いセリフのやりとりや環境の中に置かれた小道具で、プレイヤーにじわりと感情移入させる。6〜8時間という短いゲームの中で、キャロンという人間を立体的に感じさせる密度が詰まっていた。
スコットランド英語のオリジナル音声も、世界観の没入感に大きく貢献している。エディンバラ訛りの英語は正直、英語ネイティブでも「???」となる場合があるらしいが、その「わからなさ」ごとリアルなスコットランド人たちの会話に引きずり込まれる感覚があった。
「The Chinese Roomの作品って、いつも「なぜここにいるのか」「何を失ったのか」という問いを丁寧に積み上げてから、ゲームを通じてその答えを出す構造がある。Still Wakes the Deepも同じで、終盤の展開が静かに刺さる」
— noteユーザーレビューより
賛否を呼んだ日本語ローカライズ:九州弁問題

日本版プレイヤーにとって、このゲームで最初に話題になったのは「九州弁翻訳」だ。
スコットランド英語というローカルな方言を日本語に訳すにあたって、翻訳チームは九州弁を採用した。「スコットランドのローカル感を日本のローカル感で表現する」という発想自体は面白い。実際、福岡弁や佐賀弁が混じるような独特の翻訳が実装された。
ただ、これが賛否両論を巻き起こした。
「九州弁翻訳、何言ってるかわからないというより、ニュアンスすら取りこぼしてる場面がある。キャラクターそれぞれの個性も翻訳では出てこないし、正直英語音声と英語字幕でやったほうがよかったかもと思った」
— プレイヤーレビューより
一方で、こんな声もあった。
「終盤のキャロンの慟哭シーン、九州弁のおかげで逆にリアルな泥臭さが出て、心に刺さった。英語だと少し他人事になりそうなところを、方言が「身近な誰か」の感覚に引き寄せてくれた」
— プレイヤーレビューより
翻訳の方針そのものへの好みは分かれるが、「やるならもっと精度を上げてほしかった」という声は多かった。キャラクターごとに方言のニュアンスが使い分けられていればもっと良かっただろう、というのは多くのプレイヤーが感じた点だった。
ちなみに、オリジナルのスコットランド英語音声は非常に質が高い。英語字幕と組み合わせてプレイするのも選択肢としておすすめしたい。
ウォーキングシミュレーターとの距離感
The Chinese Roomの過去作を知っているプレイヤーからは、「Dear EstherやEverybody’s Gone to the Rapportureとは別物だった」という声がよく聞かれた。
確かに本作は、純粋なウォーキングシミュレーターではない。プレイヤーに求められるアクションがある。逃げる、隠れる、バルブを回す、ロープを渡る。単に歩いて景色と音楽に浸るだけでは進めない場面が複数ある。
一方で、「ゲームが上手くないとクリアできない」ような難しさはほぼない。チェイスシーンも、落ち着いて操作すればほとんどの場合は対処できる。死んでもすぐ近くからリトライできるので、ストレスは最小限に抑えられている。
「ウォーキングシムとアクションホラーの間にある感じ。どっちとも言い切れない。でもその曖昧さがこのゲームの個性だと思う。難しくはないけど怖いし、感情的に疲れる」
— noteユーザーより
この「ウォーキングシミュレーターとの断絶と接合点」というのは、本作のゲームデザインを語るうえで核心的な問いだと思う。アクション性を完全に排除しなかったことで、没入感と緊張感は増した。ただし、純粋に「歩いて世界観に浸りたい」という層には少しノイズに感じられる可能性もある。
ゲームの短さについて:6〜8時間は「短すぎる」か

本作の最大の批判ポイントは「短い」ことだ。6〜8時間でエンディングを迎えられる。
Steam価格は2,570円(2024年時点)。割引時は1,500円前後になることもある。「2,570円で6時間は割高」という声は一定数あった。
「ゲームとしての体験は素晴らしかったけど、値段に対して短すぎる。セールで買うのを強くおすすめする」
— Steamユーザーレビューより
ただ、個人的には「映画1本分の体験」として考えると妥当な気もした。映画1本が2時間で2,000円だとすれば、6〜8時間で2,570円はむしろコスパが良い。問題は「ゲームに対して何を期待するか」の基準の違いだろう。
本作に二週目のやりこみ要素や収集要素はほぼない。一本道のホラー体験として割り切れるかどうかが、評価を左右する。
「短いことは知ってたけど、ちゃんとまとまってて満足度は高かった。ダレる場面がなかったのは短さのおかげでもあると思う」
— Steamユーザーレビューより
仲間との関係:「誰が死んでも悲しい」を作ることの難しさ

本作への批判として、「仲間が死んでも感情移入できない」という指摘があった。
リグには多くの乗組員がいるが、ゲームの序盤で個別に交流できる時間は限られている。数分話しただけの人が後半で死んでいくため、「あ、そういえばそういう人いたな」という薄い印象しか残らない場合がある。
「同僚たちが序盤にちょっと喋るだけで終わるから、後半で再登場しても正直「誰だっけ」ってなってしまった。もう少しキャラクターを掘り下げる時間があればもっと刺さったと思う」
— プレイヤーレビューより
これは6〜8時間という制約の中で、多数の登場人物を扱う難しさでもある。全員に等しく時間を割けば、テンポが落ちる。テンポを維持しようとすれば、キャラクター描写が薄くなる。
一方で、キャロン自身の感情は丁寧に描かれている。無線越しに妻や上司と話す場面、同僚の死に直面したときの反応。主人公という一点に感情の焦点を絞った結果として、脇役の印象が薄れたのかもしれない。
グラフィックとオーディオ:没入感の土台
Unreal Engine 5を採用した本作のグラフィックは、2024年リリースのAAAタイトルと比べても遜色ない水準だ。錆びついたパイプ、水浸しの廊下、燃え広がる炎。光と影の使い方が非常に上手く、恐怖感を視覚的に作り出している。
PC版の動作は概ね安定していたが、一部のハードウェア構成でフレームレートの問題が報告されていた。Steamのレビューを見る限り、ハイエンドPCであれば基本的に問題なく動作する。
音楽と音響設計は特筆に値する。嵐の波音、金属が軋む音、クリーチャーの不気味な鳴き声。ヘッドフォン推奨と言いたいところだが、実際夜中にヘッドフォンでプレイしたらかなりしんどかった。それくらい音の使い方が上手い。
「このゲーム、音が本当によく出来てる。何かが近くにいる気配を音で感じ取って、体が先に反応してた。サウンドデザインだけで怖くなれる」
— Steamユーザーレビューより
Xbox Game Passで遊べる

本作はリリース初日からXbox Game Pass(PC Game Pass含む)に収録された。Game Pass加入者は追加料金なしでプレイできる。
「短すぎて定価では買いにくい」という感想を持つプレイヤーにとって、Game Passは最適な入口だ。日本でも多くのプレイヤーがGame Pass経由で本作を体験したようで、レビューの中にもその記述が目立った。
Steam購入を考えている場合は、定期的なセール(75%オフまで値引きされることがある)を狙うのが賢明だろう。
開発元 The Chinese Room について

The Chinese Roomは、英国ブライトン拠点のインディースタジオだ。2012年の『Dear Esther』で一躍注目を集め、2015年の『Everybody’s Gone to the Rapture』でさらに評価を高めた。ウォーキングシミュレーターというジャンルの確立に大きく貢献したスタジオとも言える。
本作はそれらの作品と比べると、ゲームプレイ的な要素が増している。「純粋な歩く体験から、もう少し能動的なホラー体験へ」という方向性のシフトは、スタジオとしての成長を感じさせる。
Secret ModeはThe Chinese RoomをはじめとするインディースタジオのAA作品を手がけるパブリッシャーで、本作以外にも質の高いタイトルを多数リリースしている。
総評:このゲームが刺さる人、刺さらない人
『Still Wakes the Deep』は、万人向けではない。
戦闘なし、クラフトなし、広大なオープンワールドなし。RPG的な成長要素もない。あるのは「逃げる体験」と「物語を感じる体験」だけだ。それを求めている人には、間違いなく刺さる一本だ。
一方で、「ゲームにはアクションや戦略性が必要」と感じる人にとっては物足りないだろう。短いことを割高と感じる人にとっても、セール待ちが正解だ。
個人的には、1975年の北海油田という設定の独自性と、The Chinese Roomの感情表現の上手さが掛け合わさった、他では体験できない作品だと感じた。似たようなホラーゲームは多いが、これと同じ感触のゲームはなかなかない。
・戦闘なしホラーが好き(SOMA、Amnesiaシリーズが好きな人)
・映画的な体験を求めている(2〜3時間ではなく6〜8時間の映画として)
・The Chinese Roomの作品が好き
・Game Pass加入者(無料で遊べるので損なし)
・ホラー全般が苦手(逃げるだけでも十分怖い)
・やりこみ要素や二周目コンテンツを期待する人
・定価2,570円に対して6〜8時間は短いと感じる人
・九州弁翻訳で感情移入できるか不安な人(英語字幕での変更も可能)
基本情報

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | Still Wakes the Deep |
| 発売日 | 2024年6月18日 |
| 開発 | The Chinese Room |
| パブリッシャー | Secret Mode |
| ジャンル | 一人称サバイバルホラー / アドベンチャー |
| 対応プラットフォーム | PC(Steam・Epic)/ PS5 / Xbox Series X|S |
| プレイ時間 | 6〜8時間 |
| 日本語 | 字幕あり(九州弁翻訳) |
| Steam評価 | 非常に好評(9,000件超、約87%好評) |
| Xbox Game Pass | 対応(PC Game Pass含む) |
| 戦闘システム | なし |
| クラフト要素 | なし |
| 時代設定 | 1975年、北海油田 |
似たゲームも探してみよう
『Still Wakes the Deep』が好みだったなら、以下のゲームもきっと楽しめる。
- SOMA(Frictional Games、2015年) — 戦闘なし、哲学的なSFホラー。脱出する閉鎖空間と、知的なストーリー構成が似ている。
- Amnesia: The Dark Descent(Frictional Games、2010年) — 戦闘なしホラーの元祖的存在。隠れてやり過ごすシステムの草分け。
- Everybody’s Gone to the Rapture(The Chinese Room、2015年) — 同スタジオの前作。ウォーキングシム寄りだが、感情を揺さぶる物語と音楽は本作以上。
- Alien: Isolation(Creative Assembly、2014年) — エイリアン1体から逃げ続けるサバイバルホラー。緊張感は本作と近いが、こちらはより長く・複雑。
まとめ:「逃げる」ことだけがゲームでもいい
プレイ後、しばらく頭の中に「海の上に取り残された人たち」の姿が残っていた。
ゲームって何でもできるメディアのはずなのに、「逃げることしかできない」という制約の中にこんなに豊かな体験があるとは思っていなかった。戦う手段がないからこそ、環境の怖さや仲間を失う痛みがじわじわと来る。
The Chinese Roomは今後もこの方向性でゲームを作り続けるのだろうか。本作の評価を見る限り、ウォーキングシミュレーターとホラーを掛け合わせた「感情ドライブのADV」というジャンルでの進化に期待したい。
6〜8時間という短さを「ちょうどいい密度」と感じられるかどうかが、このゲームを楽しめるかどうかの分かれ目だ。定価で買うのが不安なら、Game Passかセール待ちがおすすめ。でもそれが合う人にとっては、2024年のホラーゲームの中でも特別な体験になるはずだ。
※本記事の情報は執筆時点(2024年)のものです。価格・サービス内容は変更になる場合があります。

