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▌ISSUE.929 · レビュー カテゴリ / アドベンチャー 公開 2026.04.23
// アドベンチャー · レビュー

UN:Me

UN:ME完全ガイド|新作アクションRPG最新情報まとめ【2026年版】
#PCゲーム #steam #UN:ME #アクションRPG #インディー
読了目安
約39分
対応機種
PC
スペック
▌要点 / 3行で読む
01
UN:Me ── 「恐怖」じゃなく「不安」を感じさせるゲームって、どういうこと?
02
「え、これって……ホラーゲームじゃないの?
03
」 2025年12月11日、The Game Awards期間中のインディーショーケース「Day of the Devs」でその映像を初めて見たとき、正直そう思った。
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病院めいた白い廊下。

UN:Me ── 「恐怖」じゃなく「不安」を感じさせるゲームって、どういうこと?

「え、これって……ホラーゲームじゃないの?」

2025年12月11日、The Game Awards期間中のインディーショーケース「Day of the Devs」でその映像を初めて見たとき、正直そう思った。病院めいた白い廊下。同じ顔の看護師が無言で迫ってくる。頭に花が咲いた人物。血。どこをどう見ても「ホラーゲーム」にしか見えない。

でも、開発者はこう言い切った。「これはホラーゲームではない。言うならば、フォビア(恐怖症)ゲームです

そのひと言で、このゲームの本質が見えてきた気がした。

タイトルは『UN:Me(アン・ミー)』。開発はUnreal Engine専門スタジオ「ヒストリア」、パブリッシャーは「集英社ゲームズ」。企画・シナリオを担当するのは、あの「カリギュラ」シリーズを生み出した山中拓也。2026年発売予定(Steam / PC)という、日本産心理アドベンチャーの意欲作だ。

主人公は、4つの魂を体に宿した少女。その魂たちはプレイヤーの意図とは関係なく体を乗っ取り、「これは私の身体だ」と主張してくる。プレイヤーが迷宮を進むたびに、魂をひとつずつ消去していく。ステージをクリアするごとに強くなるのではなく、弱くなっていく。最終的に残せる魂は、たったひとつだけ。

そのシステムを聞いたとき「あ、これはどこかで覚えのある不安だ」と感じた。選ぶということは、捨てるということ。捨てるたびに、自分のどこかが削れていく感覚。それが「フォビアゲーム」の正体なのかもしれない。

この記事では、UN:Meがどんなゲームで、なぜこれほど注目されているのかを、開発者インタビューや公式情報をもとに徹底的に掘り下げていく。「不安」をテーマにした新しいゲーム体験を、いっしょに覗いてみよう。

公式1stトレーラー(UN:Me 1st Trailer)

白い廊下、複数の看護師、花が咲いた人物。「不安」がビジュアルに凝縮されている

こんな人に読んでほしい

  • カリギュラシリーズが好きだった人 ── 同じ山中拓也が企画・シナリオを担当。「メジャーで救われない人へ向けた作品」という哲学は健在
  • ホラーは苦手だけど雰囲気ゲームは好きな人 ── 開発者が「ホラーではなくフォビアゲーム」と定義。ジャンプスケアなし、じわじわ系の不安が好きな人向け
  • マルチエンディングのアドベンチャーが好きな人 ── 最後に残す魂によってエンディングが変わる。何周でも遊びたくなる設計
  • 日本産インディー精神の高い作品を追っている人 ── 集英社ゲームズとヒストリアが組んだ、世界の舞台(Day of the Devs)でデビューした本格派
  • 「弱くなっていくゲーム」に興味がある人 ── 進むほど強くなるのではなく、魂を消去して弱くなっていく逆成長システムは、今まで体験したことのない感覚
  • ビジュアルノベル・アドベンチャーゲームのファン ── 対話と選択が物語の核。テキスト重視で世界観に浸りたい人にぴったり

基本情報

項目 内容
タイトル UN:Me(アン・ミー)
ジャンル ソウル・トリアージ アドベンチャー(心理ホラーADV)
企画・シナリオ 山中拓也(カリギュラシリーズ)
ディレクター 佐々木瞬(株式会社ヒストリア 代表取締役)
開発 株式会社ヒストリア(Unreal Engine専門スタジオ)
パブリッシャー 集英社ゲームズ(SHUEISHA GAMES)
プロデューサー 河合泰一(集英社ゲームズ シニアプロデューサー)
対応プラットフォーム PC(Steam)確定、その他プラットフォームも予定
発売日 2026年内予定
価格 未発表
対応言語 日本語・英語・簡体字中国語・繁体字中国語
エンディング マルチエンディング(残す魂によって変化)
Steamページ UN:Me on Steam
発表日 2025年12月11日(Day of the Devs: The Game Awards Digital Showcase)

ゲームの舞台と世界観 ── 精神の迷宮とは何か

「目が覚めたら、病院みたいな場所にいた」

これがUN:Meの始まりだ。主人公の少女が意識を取り戻した場所は、白い廊下が延びる謎めいた迷宮。清潔で整然としているはずなのに、なぜかそこにいるだけで息が詰まる。この空間が「精神の迷宮」と呼ばれる舞台だ。

ゲームの世界観は、ひと言で表すなら「明るいのに怖い」。普通のホラーゲームは暗い。暗闇の中に何かが潜んでいる恐怖を使う。でもUN:Meは逆の発想をとった。開発者の佐々木瞬は言う。「暗い空間を作ると恐怖感が先行して、不安が隠れてしまう。だから意図的に明るくした」

この判断が、ゲームの雰囲気を決定的にしている。白い壁、白い廊下、白い制服の看護師たち。明るい空間なのに、なんとなく息苦しい。「ここにいてはいけない」という感覚が、じわじわと体の内側から湧いてくる。それがUN:Meが追い求める「不安」の正体だ。

また、迷宮の構造は全部で4つの階層に分かれている。各層をクリアするごとにストーリーが進み、少女の正体と迷宮の謎が少しずつ明らかになっていく。ただし、その道のりは一筋縄ではいかない。なぜなら少女の体を乗っ取っている「4つの魂」がいるから。

迷宮に登場するキャラクターたちも独特だ。同じ顔の看護師が無言で迫ってくる場面、頭に花が咲いた人物、血が飛び散る空間。「怖い」ではなく「なぜそうなっているのか分からない」という感覚。理解が追いつかないことそのものが不安を生む、という設計だ。

ここで少し立ち止まって考えてみてほしい。なぜ「同じ顔の看護師が複数いる」ことが不安なのか。理由はシンプルで、「それが現実ではありえない」からだ。人間は現実の法則を無意識に理解していて、その法則が破れたとき「おかしい」と感じる。でもその「おかしさ」の正体が分からないとき、脳は処理できずに不安を生成する。UN:Meのビジュアルはその仕組みを使っている。

頭に花が咲いた人物も同じだ。「人間の頭に花は咲かない」という知識がある。なのにそこにいる。咲いている。そのギャップが気持ち悪い。ホラー的な「怖い」ではなく、「これは何?」という理解の拒否反応が先に来る。それがUN:Meの言う「不安」の作り方だ。

病院という舞台設定も意味深長だ。病院は本来、人が安心を求めて行く場所だ。でも同時に「何か悪いことが起きているから来る場所」でもある。安心と不安が同居するこの曖昧さが、舞台として選ばれた理由のひとつかもしれない。白い壁、白い廊下、消毒液のにおいが漂ってきそうな清潔感。そこに「何かがおかしい」という要素が混じり込む。

映画「ミッドサマー」(2019年)が開発の参考作品として挙げられているのも腑に落ちる。あの映画も明るい北欧の夏の祭りを舞台に、言いようのない不気味さを描いていた。太陽が輝いているのに、どうしても安心できない。明るいからこそ逃げ場がない。UN:Meはそういう感触を目指している。

開発者の河合泰一はインタビューで「些細な違和感や理解が追いつかない体験でつねに不安がつきまとう感触を与えたい」と語っていた。「些細な違和感」という言葉が引っかかる。大きな恐怖ではなく、小さな違和感の積み重ね。「あれ?」「なんか変だな」「え、どういうこと?」という小さな疑問が連続して来ると、人は疲弊する。その疲弊が不安になる。それがUN:Meの体験設計だ。

4つの魂システム ── 「自分が変わる」恐怖

UN:Meの核心にあるのが「4つの魂」だ。

少女の体には、4人の人間の魂が宿っている。彼らはそれぞれ「これは自分の身体だ」と主張し、プレイヤーの意図とは無関係に体を乗っ取っていく。いま自分がどの魂に支配されているのかが分からない、というのがこのゲームの根本的な不安だ。

各魂には、それぞれ固有の「特技」と「トラウマ」が設定されている。

特技はゲームプレイに関わるアビリティだ。ある魂は特定の障害を突破できる、別の魂はある種の会話が得意、というように、どの魂が表に出ているかによって取れる行動が変わる。探索できるエリア、入れる場所、できることが全部変わる。

トラウマは世界の見え方に影響する。各魂が抱えた心の傷が、迷宮の景色を変える。同じ廊下を歩いていても、どの魂が主体になっているかで見えるものが違う。ある魂にとっては普通の廊下が、別の魂には血まみれの壁に見える。自分の感覚が信じられなくなる、その感覚がプレイヤーに乗り移ってくる。

さらに厄介なのが「魂の切り替えはプレイヤーが操作できない」という点だ。自分でコントロールできない。勝手に切り替わる。「あ、また変わった」と気づいたときにはもう別の魂になっている。それが積み重なることで、プレイヤーは「自分はいったい誰として行動しているのか」という根源的な問いに引きずり込まれる。

ファミ通のインタビューで開発陣は言っていた。「魂はプレイヤーが任意に切り換えられるものではなく、プレイヤーの意図を無視して切り換わっていく。このデザインが不安感の源になっている」と。自分の意志と実際の行動がズレていく感覚。それがUN:Meの一番の怖さだと思う。

魂との対話は「記憶の断片」という特殊アイテムを使って行う。迷宮を探索しながら断片を集め、それを使って各魂と言葉を交わす。何を聞いて、どの断片を使うかによって、明かされる真相が変わる。同じ周回でも、得た情報によって物語の解釈が変わるという設計だ。

これはかなり挑戦的なゲームデザインだと思う。なぜなら、プレイヤーは「正しい情報を集めている」という保証がないからだ。記憶の断片はすべてが真実とは限らない。各魂は自分に都合の良い記憶を見せてくるかもしれない。何が本当で何が嘘かを判断するのも、プレイヤーの仕事になる。

「4つの声が聞こえる」という設定は、現実の解離性同一性障害(DID)の体験に近い部分もある。当事者の方が「自分の中に別の人格がいて、気づいたら別の場所にいた」と語ることがある。UN:Meはその感覚をゲーム体験に変換しようとしているのかもしれない。山中拓也が心理学を専攻していたことを考えると、この設定は偶然ではないだろう。

また「どの魂が本物か」という問いは、「自分はどんな人間か」という問いと重なる。人間は状況によって違う顔を見せる。職場の自分、家族の前の自分、一人でいるときの自分。どれが「本当の自分」なのかは、簡単には答えられない。UN:Meはその曖昧さをゲームの核に据えている。プレイヤーは他人事として遊んでいるようで、実は自分自身の問いに向き合わされているのかもしれない。

「どの魂も自分が本物だと主張しており、どれが本物かはプレイヤーが判断する構造。最後に残す魂によってエンディングが変化し、複数周プレイを促す設計になっています」

── ファミ通.comインタビューより(開発陣コメント)https://www.famitsu.com/article/202512/60863

逆成長システム ── 進むほど弱くなるゲームデザイン

ゲームの常識をひとつ確認しておこう。「ゲームを進めるほど、キャラクターは強くなる」。RPGでレベルが上がる。アクションで新しいスキルを覚える。これは何十年もの間、ゲームデザインの基本とされてきたことだ。

UN:Meはそこを崩してきた。

迷宮は4階層に分かれていて、各層をクリアするたびに「魂をひとつ消去する」。消去するたびに、その魂が持っていた特技も消える。使えるアビリティが減る。取れる行動が狭まる。ゲームを進めるほど、できることが減っていく。これが逆成長システムだ。

最初は4つの選択肢があった。2周目の層に入るときは3つになっている。3層目では2つ。そして最終層では、たった1つの魂だけが残る。その魂の特技と視点だけで、最後の謎に挑む。

これが何をもたらすかというと「選ぶことへの恐怖」だ。

どの魂を消せばいいか分からない。消してから「しまった、あの特技が必要だった」と気づいても手遅れだ。「あの魂を残しておけば、もっと違う場所に行けたのかもしれない」という後悔が積み重なる。強くなっていくゲームではプレイヤーは安心感を得る。弱くなっていくUN:Meではプレイヤーは常に不安を抱える。それが開発の狙いだ。

佐々木瞬は開発インタビューでこう語っている。「不安はじわじわと広がり強くなるため、瞬間的な感情変化ではなく、段階的な心理変化をどう表現するかが課題だった」。その答えが、この逆成長システムだったわけだ。

もうひとつ重要なのが、魂を消すときに感じる「背徳感」だ。

魂はそれぞれ喋る。感情を持つ。「消さないでくれ」と訴えるかもしれない。「私が本物だ」と主張するかもしれない。対話を重ねていくうちに、その魂がどんな人生を歩んできたかが見えてくる。そうやって感情移入した存在を「消去する」ボタンを押す瞬間の、あの感覚。

ファミ通のインタビューで開発陣は「魂を消すごとに増す背徳感」という言葉を使っていた。強くなるゲームにはない、この独特の後味こそがUN:Meの体験の核だと思う。

「試行錯誤の末、ちゃんとゲームとしておもしろくなるよう調整できた」

── 佐々木瞬(ヒストリア代表)、ファミ通.comインタビューよりhttps://www.famitsu.com/article/202512/60863

「ちゃんとおもしろくなるよう調整できた」という言葉に、半年かけてゲームシステムを試行錯誤してきた開発陣の自信がにじんでいる。初期のテストビルドでは「ゲームとして成立しなかった」と公言していた彼らが、たどり着いた答えがこの形だ。

少し想像してみてほしい。4層の迷宮を攻略する過程を。

最初の層では4つの魂が使える。使えるアビリティが4種類ある。探索の選択肢が広い。この時点ではまだ「どれを消せばいいか」の判断材料が少ない。でも進まないといけないから、何かを消す。

2層目に入ると3つになっている。「あの魂の特技があったらここ通れたかもしれないな」と思う場面が出てくる。でも戻れない。3層目では2つ。できることがだいぶ絞られてきた。「これを消したら最終層で詰むかもしれない」という不安が頭をよぎる。

そして最終層。残り1つ。その魂だけで最後の謎に挑む。消去した3つの魂のことが頭をよぎる。「あの魂を最後まで連れてきてやれなかった」という感情が出てくるかもしれない。ゲームシステムが感情を生む瞬間だ。

この構造はよくできている。「弱くなる」というデメリットが、同時に「選んだものへの執着」というドラマを生む。RPGで仲間がひとりずつ離脱していく展開に近い感情かもしれない。でもUN:Meはその「離脱」を自分の手で起こさないといけない。それがきつい。

ゲームデザインの観点でも注目に値する。ゲームを「弱くなる」設計にすると、通常はプレイヤーのフラストレーションが増す。「なんで弱くなるんだ」という不満が出やすい。それを「不安感の演出」として昇華できるかどうかが、UN:Meの成否を分けるポイントだ。開発陣が半年かけて試行錯誤したのは、まさにこの「弱くなることをネガティブに感じさせない」調整だったのだと思う。

開発チームの素顔 ── カリギュラの系譜とヒストリアの挑戦

UN:Meを語るうえで、開発チームの背景は外せない。

企画・シナリオを担当するのは山中拓也。大学で心理学を専攻し、ゲーム会社ユークス、フリューを経て「カリギュラ」シリーズを生み出した人物だ。カリギュラは「メジャーコンテンツで救われない人々を救う作品を作りたい」という想いから生まれた、マイナーでもメジャーでも居場所のない”汽水域”に生きる人たちへ向けたゲームだった。

心理学の素養とゲームデザインの経験を組み合わせ、人間の闇や感情の機微を作品に落とし込む。それが山中拓也のスタイルだ。「売上よりも心に残る作品を優先する」という姿勢は、カリギュラシリーズを通じて一貫している。UN:Meでも、その哲学は変わっていない。

開発を担うのは株式会社ヒストリア。2013年に佐々木瞬が設立した、Unreal Engine専門のゲームスタジオだ。「UE4ぷちコン」というUnrealEngine活用コンテストを主催するなど、日本のゲーム開発コミュニティとの繋がりも深い。

佐々木瞬は「カリギュラ2」の開発期間中から山中拓也と交流を持っており、カリギュラ2終了後に「一緒に新しいものを作ろう」と動き出したのがUN:Meの始まりだという。「複数の魂が入れ替わり、消去されていく」というコアコンセプトは、その初期段階から変わっていない。

パブリッシャーは集英社ゲームズ。少年ジャンプで知られる集英社が2021年に立ち上げたゲームブランドで、「都市伝説解体センター」など個性的なタイトルを送り出してきた。シニアプロデューサーの河合泰一が本作の総合プロデュースを担当している。

河合は開発初期の段階で「バトル要素は必要ない」と判断したという。普通なら「ゲームにはバトルが必要では?」となりそうなところを、「この作品の本質は魂との対話と選択にある」と見切った。その判断がUN:Meの現在の形を決定づけた。

三者それぞれの強みが組み合わさっている。山中の心理描写力、ヒストリアのUnreal Engine技術力、集英社ゲームズのパブリッシング力。「カリギュラスタッフの新作」というだけで注目を集める山中拓也が、しっかりとした技術力を持つスタジオと、資金力・流通力を持つパブリッシャーを得て送り出す作品がUN:Meだ。

山中拓也という人物についてもう少し掘り下げておこう。カリギュラシリーズが持っていた「受け取る人を選ぶ」という性質は、彼のクリエイティブ哲学から来ている。「売上よりも心に残る作品を優先する」「受け手の期待を外すことが重要」という姿勢は、一般受けを狙った作品とは一線を画す。

心理学を専攻した背景も、作品に色濃く反映されている。カリギュラでは「なぜ現実に戻りたくないのか」という問いを軸に、登場キャラクター一人ひとりが精神的な傷を抱えていた。プレイヤーはその傷と向き合いながら物語を進める。UN:Meでも、4つの魂それぞれが「トラウマ」を持っているという設定がある。山中のシナリオでは、そのトラウマが単なる設定ではなく、物語の核になるはずだ。

DECO*27とのコラボプロジェクト「MILGRAM」でも山中拓也の個性は発揮されていた。MILGRAMは「囚人の有罪か無罪かを視聴者が投票で決める」という参加型ミュージックプロジェクトで、YouTubeで大きな話題を呼んだ。ここでも「選択する」という行為と「その結果に責任を持つ」というテーマが中心にあった。UN:Meの「どの魂を消すか」という選択と、構造的に重なる部分がある。

ヒストリアについては、Unreal Engine専門スタジオという看板が示す通り、ビジュアル面での期待が高い。トレーラーで見せた白を基調とした迷宮の映像は、不安の美学を絵として成立させるだけの技術力があることを示している。2013年設立と比較的若い会社ながら、「UE4ぷちコン」というコンテスト主催を通じて日本のゲーム開発コミュニティの中でも信頼を積み上げてきた。

集英社ゲームズという存在も、UN:Meを語るうえで重要だ。集英社といえば少年ジャンプ、週刊少年ジャンプ、ワンピース、ナルト。大衆向けコンテンツの雄というイメージが強い。そのブランドが「不安をテーマにした心理ADV」を出すというギャップが、ある種の話題性を生んでいる。「集英社がこういうのも出すんだ」という驚きはSNSでも実際に観測された反応だ。

ただ集英社ゲームズは設立以来、「都市伝説解体センター」のような実験的なタイトルも積極的に展開してきた。ジャンプ系コンテンツだけでなく、多様なジャンルのゲームをポートフォリオに加えようという意志がある。UN:Meはその流れの中にある一本として見ると、より自然に受け取れる。

「フォビアゲーム」とは何か ── 恐怖と不安の違い

UN:Meを理解するうえで、「ホラーゲームではなくフォビアゲーム」という定義をもう少し掘り下げておきたい。

ホラーゲームが与える感情は「恐怖」だ。暗闇の向こうから何かが飛び出してくる。突然大きな音がする。モンスターに追いかけられる。これらは瞬間的な感情変化を引き起こす。「ビクッ」とした後、数秒で心拍数は落ち着く。

フォビアが与える感情は「不安」だ。フォビアとは特定のものや状況に対する持続的な恐怖、つまり「恐怖症」のこと。暗所恐怖症、対人恐怖症、閉所恐怖症などがそれにあたる。フォビアの特徴は、その不安が「じわじわと広がり、強くなっていく」点だ。消えない。慣れない。むしろ積み重なる。

UN:Meが追い求めているのはこちらだ。

プレイ中に感じる不安のリストを整理してみると、こうなる。

  • 「今自分はどの魂として行動しているのか分からない」
  • 「この魂を消したら、後で困る場面が来るかもしれない」
  • 「自分が見ている景色は本当にそこにあるものなのか」
  • 「この魂と対話を続けた結果、消去する決断をしてしまうかもしれない」
  • 「正しい選択をしているのかどうか、最後まで分からない」

どれも「瞬間的な恐怖」ではない。プレイ中ずっとついてまわる、じわじわとした不確かさだ。これがUN:Meの狙う「フォビアゲーム」の感触だと思う。

開発陣がもうひとつ意識した要素がある。「敵からダメージを受けない」設計だ。UN:Meにはプレイヤーを攻撃するクリーチャーがいない。ナースのような現実的なモチーフのキャラクターは登場するが、ゲームオーバーになるような戦闘は存在しない。

これもまた意図的な選択だ。「敵に殺される恐怖」があると、プレイヤーの注意がそちらに向いてしまう。UN:Meが与えたい不安は、外側からの脅威ではなく「内側からの疑念」だから。自分の行動が正しいのか、選んでいる魂は本物なのか、消去した魂への後悔。これら全部が「自分の内側」から来る不安だ。

電ファミニコゲーマーの記事でも「映画ミッドサマーを参考にしつつ、常に不安さがつきまとう感触をプレイヤーに与える」と紹介されていた。ミッドサマーは北欧の白夜を舞台に、明るい祭りの中で異質なものが侵食してくる恐怖を描いた映画だ。あの映画を観たことがある人なら、UN:Meが目指している感覚が伝わると思う。

なぜ今、このゲームが注目されているのか

UN:Meが発表された2025年12月は、The Game Awardsという世界最大級のゲームイベントが開催されるタイミングだった。その同日開催のインディーショーケース「Day of the Devs」で初公開されたことは、単なる偶然ではない。

Day of the Devsは、クオリティの高い独立系ゲームだけを厳選して紹介するイベントだ。大手パブリッシャーのタイトルは原則として扱わない。それでも集英社ゲームズとヒストリアの組み合わせがここに選ばれたのは、「インディー精神を持った作品」として評価されたからだろう。

注目される理由は他にもある。

1. カリギュラシリーズのファンベース
山中拓也が関わるというだけで、カリギュラファンのアンテナが反応する。「汽水域に生きる人々のためのゲーム」を作り続けてきた彼が次に何を作るか、そのファン層は常に注目している。UN:Me発表直後から「カリギュラが好きだった」という反応がSNSで流れたのも、この流れだ。

2. 「弱くなる」というゲームデザインの新鮮さ
「進むほど弱くなるゲーム」は、長いゲームの歴史の中でもほとんど例がない。それだけで話題になる。「どういうこと?」「実際どんな感触になるの?」という好奇心が、ウィッシュリスト登録を促している。

3. 「不安」という切り口の独自性
ホラーゲームは毎年大量に出る。でも「フォビアゲーム」という新しい定義を持って登場したゲームはなかった。「恐怖ではなく不安を感じさせる」というコンセプトは、ゲームメディアにとっても格好の切り口で、発表直後からファミ通、電ファミニコゲーマー、AUTOMATON、4Gamerなど主要メディアが一斉に取り上げた。

4. 集英社ゲームズの本気度
集英社という日本有数のコンテンツ企業が、ニッチなテーマのゲームにリソースを投じていること自体が注目を集める。「集英社がこういうのも出すんだ」という驚きが、普段ジャンプ系コンテンツを追っている層にも届いた。

5. 多言語対応と海外展開の本気さ
日本語・英語・簡体字中国語・繁体字中国語という4言語対応は、最初から世界市場を意識している証拠だ。Steam発表後わずか数週間でフランス語対応を問い合わせる海外ユーザーが現れたことも、国際的な注目度を示している。

これら5つの要因が重なったことで、UN:Meは「発売前から話題になるゲーム」としての地位を確立しつつある。ゲームの発売前注目度は、実際の売上に直結することが多い。Steamウィッシュリストの登録数が多いゲームは、発売時に初動が出やすい。UN:Meがどこまでウィッシュリストを積み上げているかは公表されていないが、主要メディアへの露出とSNSの反応を見る限り、かなりの数になっているはずだ。

また、2026年という発売時期も重要だ。ゲーム業界全体がAAAタイトルの開発費高騰に悩む中、「規模は大きくないが体験の密度が高い」中規模タイトルの需要が高まっている。UN:Meはその枠にぴったりはまる。プレイ時間がどれくらいになるかはまだ不明だが、「魂を4つ消去していく4層構造」という設計から考えると、コンパクトに整理されたボリュームになる可能性が高い。今のプレイヤーに「長大なゲームを最後までやりきる時間がない」という課題を抱えている人は多い。そういった層にも刺さる作品になれば、幅広い支持を集めるだろう。

さらに、日本産インディー精神の高いゲームが世界で評価される流れも追い風だ。近年「Hi-Fi RUSH」「Planet of Lana」のようなアート性の高い中規模ゲームが世界的に評価されるケースが増えている。UN:Meのビジュアルと独自のゲームシステムは、この流れに乗れる可能性を持っている。Day of the Devsに選ばれたこと自体が、その可能性を国際的なキュレーターが認めた証だ。

プレイヤーと開発者の声 ── 発表後の反響

UN:Meは2025年12月の発表から4ヶ月あまりが経った。その間にSNSやゲームメディアで積み上がってきた声をまとめておく。

まず発表直後のプレイヤー反応から。

「めっちゃ面白そう!!!!」「これかなり気になる」

── 発表時のSNSコメントより(はちま起稿記事コメント欄)

シンプルだが、これが正直なところだと思う。細かいシステムを全部理解しなくても「なんか引っかかる」と感じさせるビジュアルとコンセプトの力だ。

「同じ顔のたくさんの看護師に詰められるの怖すぎる」「めっちゃ怖そうだけど実況なら見てみたい」

── SNSコメントより

「実況なら見てみたい」という反応が興味深い。自分でプレイするには怖いけど、誰かがプレイしているのを見たい。これはUN:Meが狙っている「不安」の証拠でもある。プレイヤー自身が「これは自分一人で抱えるには重い体験かもしれない」と直感している。

「集団で笑顔で迫られると怖いんだなって初めて思った」

── SNSコメントより

このコメントは核心をついている。「笑顔が怖い」というのはまさにUN:Meの「明るいのに不安」という設計そのものだ。トレーラーを見ただけで、このゲームが伝えたいことを受け取っている人がいる。

一方、ゲームメディアの評価はどうか。電ファミニコゲーマーはインタビュー記事のタイトルで「誰も見たことがない異色作」と表現した。ファミ通は「恐怖ではなく不安を感じさせる工夫に満ちたチャレンジングな一作」と評した。どちらも「今まで見たことのない何か」という共通の印象を持っている。

Steam上のコミュニティでも、発表から2週間足らずで「これはホラーなのかウォーキングシミュレータなのか?」というディスカッションが立ち上がった。これはゲームが明確なジャンルの枠に収まっていないことの証明でもある。フランス語圏のユーザーから「フランス語対応はあるか?」という問い合わせが届いたのも、国際的な注目度の高さを示している。

開発陣自身の言葉も引用しておきたい。

この「試行錯誤の末」という言葉に開発の苦労がにじんでいる。半年間ゲームとして成立しなかった状態から、「ちゃんとおもしろい」と自信を持って言えるところまで到達した。その過程がどれだけ険しかったかは想像するしかないが、その苦労があってこそ「誰も見たことのない体験」が生まれる。

Steamコミュニティでの議論も注目に値する。「Real Horror or a Walking Sim?」というスレッドタイトルは、このゲームが持つ曖昧さをよく表している。ホラーと呼ぶには明るすぎる。ウォーキングシミュレータと呼ぶには仕掛けが多い。既存のジャンル分けに収まらないゲームが登場したとき、プレイヤーはこうして自分たちで議論を始める。その議論自体が、このゲームへの注目の証だ。

「Year of the Ladybug」との比較を指摘する声もあった。頭に植物が生えたキャラクターや構図の類似性を指摘するコメントだ。これはUN:Meのオリジナリティへの疑問として受け取ることもできるが、別の見方もできる。同じようなビジュアル言語を使うゲームが複数存在するということは、「不穏で明るい心理ホラー」というジャンルがひとつのムーブメントになりつつある証拠でもある。UN:Meはそのムーブメントの中で、日本産として最も注目を集めているタイトルだ。

UN:Meをもっと深く楽しむために ── 開発者の言葉から読む設計思想

ここまで読んでくれた人に、もう少し踏み込んだ話をしたい。UN:Meの設計思想を理解すると、このゲームをより深く楽しめると思うから。

開発陣が繰り返し強調するのが「人間が根源的に感じるいやなもの」を表現するというコンセプトだ。

「いやなもの」は人それぞれ違う。暗い場所が苦手な人もいれば、人混みが苦手な人もいる。でも多くの人が共通して感じる「いやなもの」もある。コントロールを失うこと。自分が誰かわからなくなること。正しい選択をしたかどうか、後から確認できないこと。UN:Meのゲームシステムは、これらを意図的に設計に組み込んでいる。

河合泰一プロデューサーはインタビューで「ふつうのホラーではなく、些細な違和感や理解が追いつかない体験でつねに不安がつきまとう感触を与えたい」と語っていた。「理解が追いつかない」という部分が重要だ。

UN:Meのビジュアルには説明がない。なぜ頭に花が咲いているのか。なぜ同じ顔の看護師が複数いるのか。なぜここは病院めいているのか。プレイヤーは自分で解釈を作りながら進むことになる。その「分からないまま進む」感覚が不安を生む。

この「説明しない」という姿勢はゲームデザインとして相当な自信がないとできない。説明がないと「意味が分からない」とネガティブに受け取られるリスクがある。それでも説明しないことを選んだのは、「説明した瞬間に不安が消える」という確信があるからだろう。謎は謎のままであるほうが怖い。答えが出た瞬間、恐怖は消える。UN:Meは答えをなるべく与えない設計を選んでいる。

また、マルチエンディング設計も単なるリプレイ要素ではない。「正しいエンディングはどれか」という問いへの答えを、ゲームは明示しない。どの魂を残すことが「正解」なのか、プレイヤーが決めなければならない。そしてその決断は、プレイ中に積み上げた情報と感情に基づいている。同じゲームを別の人がプレイすれば、別の結末を選ぶかもしれない。「あなたはどの魂を選んだか」という問いが、プレイ後もじわじわと残る。

山中拓也のシナリオは、カリギュラシリーズでも「答えを教えない」という特徴があった。プレイヤーが自分で考え、解釈し、感情を持つことを促すテキスト設計だ。UN:Meでもその傾向は続くだろう。プレイ後に「あれはどういう意味だったんだろう」と考え続けるタイプのゲームになる予感がある。

開発コメント動画も公開されている。集英社ゲームズ公式Xで確認できるが、開発メンバーが本作に込めた想いを直接語っている映像だ。文字情報では伝わりにくい「熱量」を感じるには、動画を見るのが一番早い。発売前にこういうコンテンツを出してくれるのは、ゲームへの自信の表れだと思う。

フォビアゲームという概念は、実はゲームデザインの歴史の中でもほとんど語られてこなかった領域だ。恐怖をテーマにしたゲームは数多い。でも「フォビア(恐怖症)」、つまり持続的で根拠があいまいな不安をテーマにしたゲームはほぼ存在しない。UN:Meが切り開こうとしているのはその未開拓の領域だ。

ゲームが与える感情の種類を整理すると、UN:Meの立ち位置がよく分かる。興奮・達成感・高揚感を与えるのがアクションやRPG。悲しみや感動を与えるのがドラマ性の高いADV。驚きと恐怖を与えるのがホラー。そして「じわじわと積み重なる不安」を与えるのがフォビアゲームだ。これは他のどのジャンルとも重ならない独自の感情体験だ。

プレイヤーが不安を「楽しむ」とはどういうことかも考えてみたい。人は安全な環境で不安を体験することに、一種のカタルシスを感じる。ジェットコースターが怖いのに乗る。ホラー映画が怖いのに観る。それと同じ心理だ。UN:Meが提供する「コントロールを失う不安」「選択への後悔」「自分が誰か分からなくなる感覚」は、現実では直視しにくいものだ。でもゲームというフィクションの中なら、向き合える。それがUN:Meをプレイする意味になると思う。

佐々木瞬が半年かけてたどり着いたゲームシステム、山中拓也が心理学の知見を注ぎ込んだシナリオ、集英社ゲームズが後押しした世界展開。三者の試行錯誤の結晶が、2026年に私たちの手元に届く。そう考えると、今からウィッシュリストに入れておかない理由はない。

発売に向けて ── 今できること、待ち方

UN:Meの発売は2026年内予定。2026年4月現在、具体的な発売日はまだ発表されていない。価格も未定だ。

今できる最善の行動はSteamウィッシュリストへの登録だ。ウィッシュリスト登録数は開発者にとって「このゲームへの期待の規模」を示す指標になる。登録しておけば発売日が決まったとき、値下げセールのときに通知が来る。そして何より、開発チームへの応援になる。インディー寄りの作品では特に、ウィッシュリスト数が発売後の初動売上と強い相関を持つと言われている。好きになったゲームを応援できる一番手軽な方法がウィッシュリスト登録だ。

公式情報のフォローも有効だ。集英社ゲームズのX(旧Twitter)アカウント @ShueishaGamesON ではUN:Meを含む最新情報が発信されている。ヒストリア公式サイト(historia.co.jp)でも開発状況の発表が行われている。特に大型ゲームショウ(東京ゲームショウ、GDC、Game Awardsなど)のタイミングで新情報が出ることが多いので、そのシーズンには注目しておこう。

体験版(デモ)の配信があるかどうかも期待したいところだ。「弱くなる」「不安を感じる」というコンセプトは、実際に体験してみないと伝わりにくい。開発陣もそれは分かっているはずなので、発売前にSteam Nextフェスなどのイベントを使ったデモ配信があるかもしれない。その際はぜひ試してみてほしい。このゲームが自分に合うかどうか、10分も触れば分かるはずだ。

また配信・実況という観点でも注目の作品だ。「怖そうだけど実況なら見てみたい」という反応がSNSで見られたように、他人がプレイしているのを観る楽しみ方もある。雰囲気ゲームやホラー系は配信映えしやすい傾向があり、UN:Meはその条件を備えている。発売後に好きな配信者がプレイするかどうかもチェックしておくと良いかもしれない。

「発売されたとき、どんな気持ちでプレイしたいか」を今から考えておくのもいいかもしれない。知識を入れすぎると驚きが減る。でも何も知らないと世界観に入りにくい。UN:Meに関しては、「フォビアゲームとはどういうものか」「4つの魂システムの大枠」くらいを知った状態でプレイするのが、たぶん一番体験が深くなると思う。

プレイ環境についても考えておこう。UN:Meはホラー・不安系のゲームなので、できれば夜、ヘッドフォンをつけて、照明を少し落とした環境でプレイするのがおすすめだと思う。サウンドデザインがどのくらい「不安」に貢献しているかはまだ分からないが、開発陣が視覚だけでなく聴覚にも気を配っていると考えるのが自然だ。音がゲーム体験に与える影響は大きい。BGMやSEがどんな設計になっているかも、発売後の楽しみのひとつだ。

また、プレイ後に誰かと話したくなるタイプのゲームになる可能性が高い。「あなたはどの魂を最後に残したか」「あの場面はどう解釈したか」という会話が生まれるゲームデザインだからだ。フレンドや配信者のプレイを見て自分と比較する、そういう楽しみ方もある。発売後のコミュニティの盛り上がり方が今から楽しみだ。

山中拓也のカリギュラシリーズが「自分に刺さった」という人には、特に期待してほしい一本だ。あの頃の「こんな気持ちにさせられると思ってなかった」という体験が、UN:Meではどんな形で帰ってくるのか。カリギュラシリーズとは違うテーマ、違う設計、でも同じ「汽水域に生きる人々」への視線。2026年の発売を楽しみに待とう。

同ジャンル・同テイストのゲームを探しているなら

UN:Meの雰囲気が気になった人向けに、似たテイストのゲームも紹介しておく。UN:Meはまだ発売前だから、その待機期間に遊んでみてほしい。

まず、山中拓也が手がけた「カリギュラ」シリーズ。心理学的なテーマ、人間の内面を掘り下げるシナリオ、「メジャーで救われない人々」への視線。UN:Meと同じDNAを持つ作品群だ。カリギュラ、カリギュラ2、カリギュラ オーバードーズとシリーズが続いており、PC版も出ているのでSteam経由でアクセスしやすい。山中拓也の世界観に初めて触れるなら、まずカリギュラシリーズから入るのが王道だ。UN:Meのシナリオがどんな手触りになるかの予習にもなる。

心理ホラー・不安系の雰囲気アドベンチャーが好きなら、Silent Hillシリーズ(特に初期作品)も参照点になる。「理解できないものへの恐怖」という設計思想はUN:Meと共通している。霧の中の町、歪んだ自己像、内側から滲み出てくる恐怖。サイレントヒルが20年以上前に切り開いた「心理的恐怖」の系譜に、UN:Meは確かに連なっている。シリーズの新作についてはこちらで詳しく紹介している。

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「選択と後悔」というテーマが刺さった人には、Detroit: Become Humanや13 Sentinels: Aegis Rimのような「選択が物語を変えるADV」も相性が良い。どの選択が正しかったのかをプレイ後にも考え続ける余韻は、UN:Meが目指す体験と共鳴する部分がある。

また、選択と結果が重みを持つビジュアルノベル系が好きなら、アドベンチャーゲームジャンル全体を探索してみると良い。「正解がひとつでないストーリー」「主人公が誰なのか曖昧になる物語」という方向性のゲームは、近年のインディーシーンで増えてきている。428 〜封鎖された渋谷で〜や街などの群像劇ADVも、「誰が本当の主役なのか」というUN:Meに通じる問いを持っている。

精神世界や多重人格を扱ったゲームとして話題になったタイトルとしては、海外インディーでも様々な作品が出ている。Celeste(主人公の精神的な葛藤をプラットフォームゲームで表現)、Disco Elysium(プレイヤーの分裂した内面をキャラクターとして表現)なども、「自分の内側と向き合う」というテーマで共通する部分がある。UN:Meが先陣を切ることで、日本産のこのジャンルが盛り上がるきっかけになれば面白い。

2026年の期待作として ── 日本産ゲームのこれから

UN:Meを語るとき、どうしても「日本産ゲームの可能性」という文脈が頭をよぎる。

2020年代に入り、インディーゲームシーンでは世界中のスタジオが独自の表現を競っている。Steamには毎日何十本ものゲームが登録され、その中で埋もれずに注目を集めるのは至難の業だ。そんな中でUN:Meが世界最大規模のゲームショーの関連イベントで取り上げられたことは、単なるラッキーではない。

「カリギュラ」シリーズが証明したように、日本のゲームクリエイターが持つ「人間の内面への深いこだわり」は、世界でも通用する。日本のゲームというとアクションや美少女ゲームのイメージが強いが、心理学的なテーマを丁寧に掘り下げた作品も確かに存在する。UN:Meはその系譜の中にある。

ヒストリアがUnreal Engineを使って作り上げるビジュアルは、日本のインディーシーンでも際立った水準になるはずだ。日本のゲームが世界に発信されるとき、ビジュアルの質は第一印象に直結する。スクリーンショット一枚、トレーラー一本で世界中のプレイヤーに「気になる」と思わせる力が必要で、UN:Meのトレーラーはその水準を超えている。

集英社ゲームズというパブリッシャーの存在も、海外展開において強みになる。少年ジャンプブランドが世界に持つ認知度は計り知れない。そのブランドからリリースされるゲームというだけで、海外メディアが取り上げやすくなる。UN:Meが4言語対応で発売されることも、真剣に世界市場を見据えている証拠だ。

2026年はUN:Meの他にも注目の日本産タイトルが複数控えている。その中でUN:Meが「フォビアゲーム」という完全に新しいジャンルの先駆けとして存在感を示せれば、日本のゲーム開発シーンにとっても意義深い一本になる。ゲームジャンルの歴史に新しいページを刻む作品になるかもしれない。それくらいのポテンシャルをUN:Meは持っていると思う。

まとめ ── UN:Meが問いかけること

改めて整理しておこう。

UN:Meは「恐怖」ではなく「不安」を与えるゲームだ。ジャンプスケアも暗闇の怪物もない。その代わりに、じわじわと積み重なる疑念、コントロールの喪失感、選択への後悔がある。「フォビアゲーム」という開発者自身の定義が、このゲームの本質をよく表している。

4つの魂を持つ少女というキャラクター設定は、「自分が誰かわからなくなること」という普遍的な不安のメタファーだと思う。プレイヤーは迷宮を進むたびに魂を消去し、弱くなっていく。最後にひとつだけ残せる魂を選ぶとき、プレイヤーは何かを「切り捨てた」ことになる。そのときの感触は、ゲームを越えた体験になりそうだ。

カリギュラシリーズで「汽水域に生きる人々のためのゲームを作りたい」と語っていた山中拓也が、次に選んだテーマが「不安」だった。それはとても自然なことに思える。不安は誰もが持っている。でもその不安を正面から扱ったゲームは、ほとんどなかった。

UN:Meは2026年内にSteamで発売予定。今はまだウィッシュリストに登録して待つしかないが、それだけの価値がある一本だと思う。

「弱くなっていく自分」と「消去した魂への後悔」。その体験が、あなたの中にどんな感触を残すか。それはプレイしてみるまで誰にも分からない。それこそがUN:Meの魅力だ。

最後にもうひとつ。UN:Meというタイトルの意味を考えてみたことがあるか。「UN」は英語で「否定の接頭辞」だ。Unknown(未知)、Unreal(非現実)、Uncertain(不確か)、Uneasy(不安)。そして「Me」は自分だ。「UN:Me」を直訳すれば「自分ではない何か」「否定された自分」になる。4つの魂が「これは自分の身体だ」と主張し合う中で、本当の「Me」は誰なのか。タイトルそのものがゲームのテーマを問いかけている。

そのことに気づいたとき、このゲームへの期待がまたひとつ上がった。ただのホラーではなく、ただのアドベンチャーでもない。「自分とは何か」という問いを、不安という感情を通して体験させるゲーム。それがUN:Meだ。

カリギュラが「虚構の楽園から現実へ戻る決断」を問いかけたように、UN:Meは「4つの自分のうち誰を残すか」を問いかける。どちらも答えは簡単に出ない。でもその問いに向き合う時間そのものが、ゲーム体験として意味を持つ。山中拓也という作り手が一貫して追いかけているのは、その「答えの出ない問いと向き合う体験」なのだと思う。

2026年、楽しみに待とう。

UN:Me

historia Inc.
リリース日 2026年
発売前
価格未定
開発 historia Inc.
販売SHUEISHA GAMES
日本語非対応
対応OSWindows
プレイ形式シングル